1. チームの風景
グラウンドの隅で、コーチが大声を張り上げている。
「遊びじゃねーんだよ!」「〇〇!甘いんだよ!ぬるい!強く当たれ!」「〇〇甘やかされて育ったのか!気持ちを見せろ!」その言葉は、鋭利なナイフのように子どもたちの心に突き刺さる。
プレー中の選手たちも自然と口が悪くなる。ボールを失えば「なにやってんだよ!」と仲間を責め、相手のファウルには「ふざけんなよ!」と声を荒らげる。審判に詰め寄る姿も見える。まるで小さな鏡のように、彼らはコーチの振る舞いを映し出しているのだ。
これは偶然ではない。子どもたちは大人の背中を見て学ぶ。言葉も、態度も、表情すらも。コーチの叫び声が響くチームは、プレーヤーの心にもその響きが残り、気づけば同じ声を出している。
2. 指導者の心がチームの心を作る
コーチが感情的に叫ぶ理由は、往々にして「勝たせたいから」「気持ちを入れさせたいから」だろう。だが、感情のままに怒鳴り散らす行為は、子どもたちの心を動かすどころか、彼らの心の余裕を奪う。大人の感情が乱れれば、子どもたちも乱れる。シンプルだ。
もし、コーチが静かに、論理的に、その子の目線に合わせて話しかけてくれたらどうだろうか。ミスがあったとき、「今のプレーはなぜこうなったと思う?」と問いかけるだけで、選手の中に"考える"時間が生まれる。そして、その考えが積み重なれば、プレーは自然と変わっていく。
当然、すぐにできるようにならない子もいる。大人は待つ力が必要だ。
様々な角度から伝える工夫をする。それでもなかなか考えることができない子はいる。でも、焦ってはいけない。子どもによって成長速度は様々なのだから。
すぐに結果をだそうと躍起になって強制し矯正を急ぐことで失われるものを理解できないと指導者は失格だと思う。
子どもたちに変化を求めるのなら、まずは指導者自身が変わるべきだ。感情をコントロールできるかどうか、それがすべての始まりだ。静かに話し、丁寧に教える習慣をつけておけば、たまに感情が高ぶったときでも、子どもたちは冷静に受け止めてくれる。逆に、いつも怒鳴り続けていれば、子どもたちは言葉の奥にある“本当の意図”を汲み取れなくなる。
信頼関係がなければ、当然大切なことが伝わらない。
3. コーチの言葉が変われば、チームが変わる
怒ること自体が悪いわけではない。むしろ、怒るべき瞬間は確かにある。だが、怒る頻度はコントロールすべきだ。毎日のように雷を落としていれば、雷の重みは薄れていく。一方で、普段は穏やかに話すコーチがたまに感情を表に出すと、選手たちはその言葉の重さを自然と感じ取るようになる。
コーチが選手に向けてポジティブな言葉をかけ続ければ、子どもたちも自然と仲間をリスペクトするようになる。「ナイスパス!」「いい動きだったぞ!」そんな声がチーム内にあふれれば、子どもたちの心も明るくなる。
逆に、汚い言葉ばかりが飛び交うチームは、子どもたち同士の関係もギスギスする。プレーのたびに仲間を非難し、相手を敵視し、審判に文句を言う。コーチの言葉はチームの"空気"を作る。空気が悪ければ、選手たちは呼吸すら苦しくなる。
4. コーチングの本質
すべての指導者は、たとえ気づかなくても、選手の人生に影響を与えている。単なるサッカーの技術ではない。言葉の使い方、感情のコントロール、物事への向き合い方——それらすべてが子どもたちの心に深く刻まれていく。
コーチが一方的に指示を出し続ければ、子どもたちはコーチの顔色をうかがいながらプレーするようになる。「これをやったら怒られるだろうか」「あのミスを咎められるだろうか」。こんな思考が巡れば、プレーはどこか臆病になる。一方で、コーチが「自分で考えろ」「次はどうすればいい?」と問いかけ続ければ、子どもたちは自然と考え、自ら動くようになる。
コーチが変われば、子どもたちも変わる。そして、チームが変わる。コーチの役割は、単に"サッカーの技術を教える人"ではない。子どもたちの人生にまで影響を与える"人生の教師"なのだ。
5. まとめ
もしあなたがコーチなら、今日からぜひ考えてほしい。「自分の言葉は子どもたちの未来にどう影響するのか」。
日常の会話は侮れない。毎日少しずつ使われる言葉が、選手たちの中で習慣となり、人格の一部になる。コーチがポジティブな言葉を使えば、チームもポジティブになる。逆に、コーチが投げやりな言葉を使えば、チームの雰囲気も投げやりになる。
最高のコーチングとは、"いかに相手の心を動かすか"に尽きる。そのためには、まず自分自身の心を整える必要がある。怒りの感情をぶつけるのではなく、冷静に、丁寧に、子どもたちの成長を信じて言葉を紡ぐ。その積み重ねが、強いチームを生み出し、自立した子どもを育てるのだ。
“サッカーは人生の縮図”という言葉がある。まさにその通りだ。フィールドの上で起きるすべては、彼らの人生そのものにリンクしている。コーチが大切にするべきは、"子どもの未来をつくる"という覚悟だ。

- 作者:A・P・マリーニョ+笠野英弘
- 出版社:東邦出版
- 発売日: 2019年04月25日頃