大人になってから学ぶサッカーの本質とは

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お金がないとサッカーできない。サッカーという習い事が安心だけど、それでいいのだろうか

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サッカーと出会う子どもたち(主にジュニア年代)の入り口が、公園や広場などの遊びサッカーではなく、クラブやスクールというケースが非常に増えています。

公園などでボール遊びが禁止されていることも多く、遊びのサッカーを体感できる場がないからです。

クラブやスクールはお金もかかります。つまり、サッカーを上手くさせる、鍛えるという側面が強くなります。親もお金がかかっているのでそこへの期待が強くなります。

結果的に、楽しくプレーするというより、しっかりと技術向上、教育的指導がメインになります。良いスクールやクラブではこのバランスが絶妙に上手かったりします。

でも、そんな素晴らしいサービスには当然お金がかかります。

子どもの習い事にお金をかけられない世帯は、子供がサッカーで遊ぶ機会が提供できなくなります。公園や校庭で子供たちだけで集まってサッカーをするという光景はもうほぼありません。多くはサッカーを含めた習い事で遊べない。公園で一人でボールを蹴るという行為すら「ボール遊び禁止」看板が立ちはだかります。

サッカーに触れる機会は、クラブやスクールに入れられるお金のある世帯に限られ、そうではない世帯の多くはサッカーという選択肢がなくなっています。

サッカーは本来、ボールと場所があれば、誰にでも遊べるものです。 でも、公園もサッカー禁止、クラブやスクールに入らないとボールを蹴る場所がない。クラブやスクールに入るにはお金がかかる。お金がないとボールを蹴って遊ぶことすらできない。 つまり、自分たちの生活で手一杯な世帯は子供にサッカーをする機会を与えることができないということになります。 これはとても寂しいことだと思うし、サッカーはやはり誰にでも開かれているものなので、その環境を取り戻したい

お金がないとサッカーすらできない環境になっている。誰でも遊べるサッカーを取り戻したい - 大人になってから学ぶサッカーの本質とは

 

子供に自由を与えられない環境

子どもたちだけで遊ぶ機会の減少は、こうした親の不安が強まっている背景があります。ちゃんとした大人の管理下に預けるのが安心だし、ほとんどのママ友パパ友と話をするとサッカースクールやクラブに入れていたりします。

仲良しの○○君のママがそうしているならうちもそうしようとなります。子どもを取り巻く社会はこのような形で回っています。

サッカーが習い事としてのニーズは加速し、公園などのパブリックスペースでの子供達だけの遊び場のニーズは減少しています。

でも、果たしてこれが健全といえるのでしょうか。

私は子どもたちの、子どもたちだけの世界を、遊びの空間を取り戻したい。大人の管理ではなく、よい距離感で見守ることができるパブリックスペースが増えたらいいなと思います。

今年は少しづつ、私たちにでもできるアクションを提案して行きたいと思います。

 

月火水木金土日、毎日どこかで誰かに教えてもらうサッカーがあって、自分で楽しみを見つけたり、考えたりする時間がない。実は、自分で見つけ出した「楽しみ」こそが、ずっとサッカーを好きでいられて、もっとうまくなりたいと思える原動力になるはずなのに……それができていないんじゃないか、と思うのだ。 間違いなく言えるのは、サッカーを好きでいることはすごく大きな力になるということ。子どもたちと接すると、その気持ちを育めるようになるといいな、といつも思う。

小野伸二選手の著書『ギフテッド』より、「今の子供は教えられ過ぎじゃないか…」 - 大人になってから学ぶサッカーの本質とは

keikun028.hatenadiary.jp