
Xでこんな投稿がありました。
私がFランと呼ばれる大学の学生さんの講義持ったことが何度かある
情報の講義とかですぐ投げ出したがる学生さんが何人かいた。だいたいみんな「俺はアホやからできひんもん」という。これまでそう言われてきたり、落ちこぼれと称されることがあったそうだ。
そういう経験を積み重ねた結果、新しい学びを難しいと感じるたびに、
「自分は頭が悪い(賢くない)から、どうせ試してもできない」
という呪縛が彼らを苦しめていた。
何度か「大丈夫、できるよ」「できたやん!ほらできるでしょ!」と繰り返していると、講義の最後の方には自信を持ってやってくれるようになったことがなん度もあった。
人の行ってる大学をFランといったり、そこで学んでいる学生さんを揶揄したりするのはほんとうに罪深いことだと知って欲しい。
人の言葉は呪縛になる。
私がFランと呼ばれる大学の学生さんの講義持ったことが何度かある
情報の講義とかですぐ投げ出したがる学生さんが何人かいた。だいたいみんな「俺はアホやからできひんもん」という。これまでそう言われてきたり、落ちこぼれと称されることがあったそうだ。
そういう経験を積み重ねた結果、新しい学びを難しいと感じるたびに、
「自分は頭が悪い(賢くない)から、どうせ試してもできない」
という呪縛が彼らを苦しめていた。何度か「大丈夫、できるよ」「できたやん!ほらできるでしょ!」と繰り返していると、講義の最後の方には自信を持ってやってくれるようになったことがなん度もあった。
人の行ってる大学をFランといったり、そこで学んでいる学生さんを揶揄したりするのはほんとうに罪深いことだと知って欲しい。
人の言葉は呪縛になる。
引用元:https://x.com/Kamohai_/status/1897900979779215632
Fランとは偏差値が低い大学や、入学者の基礎学力が十分ではない大学を指す言葉です。
これはサッカーの育成年代の指導にも当てはまる普遍的なことだなと思いました。
「僕にはできない」
何度、この言葉を耳にしたことだろう、ジュニアサッカーの現場で子どもたちに少し難易度の高いトレーニングを指導する時、一部の子から出る言葉。
また、これできる?という小技の宿題を出す時もたまに出る。
こんな印象的な出来事もありました。
公園で一人でサッカーをしている小学生に「一緒にボール蹴らない?」と声をかけた時に返ってきた言葉「下手だけど大丈夫ですか?」
近所の子供たちとボール蹴って感じた、上手くなきゃサッカーやっちゃいけない空気感 - 大人になってから学ぶサッカーの本質とは
子どもたちはどのように呪いにかかるのか
親の教育としてよくないなと思うのが、自分が苦手だったこと、弱かったところが子どもにも遺伝していると思い込んで、自分がそうだったからこの子もそうなんだと子どもに「お前は頭が悪いから無理」「運動神経悪いから無理」という無意識的な刷り込みが行われている可能性が大いにあるなと感じます。実際にそのようなことを親御さんが子どもに対して言っている場面も何度も見てきました。
「私ができなかったんだからあなたもできない」という呪いの言葉。
また、他人に迷惑をかけてはいけないという見えない圧力、同調圧力的なものの影響もあると思います。
まずは大人がこのようなことに気が付く必要があると感じています。
子どもが自分はダメなんだと刷り込まされ、挑戦するマインドにブロックがかかると成長に影響が出ます。好奇心や主体性が育まれず、チャンス、機会も手にできなくなってしまいます。
「僕ならできる」という子の親の教育、指導者の指導
逆に、「僕ならできる」という子どもは好奇心旺盛で自分から手を上げて挑戦し、失敗してもそこから学んでいきます。
そんな子どもの親、指導者はどんな教育をしているのでしょうか。
好奇心の大切さ、挑戦することの重要さ、失敗から学ぶことの尊さを理解しており、自らもそれを大事にされています。
迷惑をかけないことに注意を払うというよりも、コミュニケーションや振る舞いに注意を払います。
どんな言葉をかけると好奇心や主体性が失われるか理解し、どんな言葉をかけると好奇心や挑戦を楽しめるようになるのかを思考錯誤しています。
私たち大人が刷り込まれてきたものを理解し、変えていかなければなりません。
本テーマのおすすめ本を下記に紹介させていただきます。
ぜひ読んでみてください👇