
サッカーの本質とはなにか?と問われたら、なんと答えますか?
「難しいですね。サッカーは魅力的なものであるからこそ、答えが出せない、出したくないという感覚がありますが、強いて言うのであれば、サッカーは自由であり不自由なものであるということでしょうか」
飯塚高校サッカー部クラブアドバイザーの岩佐剛さんのお話を伺って胸に熱いものが溢れてきました。
本稿は岩佐剛さんのインタビューをお届けします。
以前、当ブログに寄稿いただいた記事があまりにも魅力溢れる内容で、ものすごい反響がありました👇
サッカー観が育まれた土壌
Q. 岩佐さんのサッカー観はどのように育まれたのでしょうか?
A. サッカーが盛んなところで育ちました。広島のサンフレッチェのお膝下です。
ドーハの悲劇の時、日本代表の監督だったハンスオフトにサッカーを指導された方が高校サッカー部の監督で、その指導はこれまでに受けたことがなく衝撃でした。
地元には風間八宏さんがサンフレッチェ時代に住んでいたり、サッカーが盛んで環境はとても恵まれていたと思います。
指導者になってからはディアブロッサ高田FCの中瀬古先生のサッカー観にも大きな影響を受けました。ドリブルだけで成立するサッカーがあるんだと大きな刺激を受けましたね。
サッカーの育成指導について
Q. サッカー指導者になられた背景を教えてください。
A. 大学サッカーで選手としては中途半端な形で現役を終え、目標を見失っていた時に少年サッカーの指導に携わるようになり、子どもたちに偉そうに指導する自分が大学くらいは出ないといけないなと、子どもたちに教えてもらって嫌いな勉強を頑張れた記憶があります。
最初は少年団で色々と指導を経験させてもらった後、理想を追い求めてFC NEOを立ち上げました。
といってもサッカー指導は専業ではなく、平日の日中は仕事をして、仕事を終えてからサッカー指導、そして週末にサッカー指導をする生活です。
Q. 育成年代を長く見てこられてどんな課題を感じてらっしゃいますか?
A. 近年は地域で子どもを育てる感覚が希薄になっているように感じます。自分の子を優遇させようとする親側の思惑を感じる振る舞いも増えてきているように感じます。
昔は自分の子も、他の誰かの子も同様に温かくも愛をもって見るような感覚がありましたが、親同士の関係性も以前より希薄になってきたり、サッカーの商業化が進んでいたりする影響もあるのかもしれません。
子どもたちの変化、数年先を想像しながら向き合うこと
Q. なるほど、そんな中で指導者として考えていることはありますか?
A. 子どもたちとの関わり方を模索しつづけています。このアプローチは目の前の子たちに合っているか?を考え続けています。
こちら側の指導に対して、子どもたちの反応が弱くなっていると言いますか、なかなか感情が出てこなくなっている感覚はあります。子どもたちの日常の変化、スマホ中心のコミュニケーションなど、ツールが変わってきている影響もあると思います。
指導者が伝えたいこと、我々の意志が伝わっているのだろうかと感じる場面は増えています。
そんな中で育成年代を広く見た時の課題として強く感じるのは、指導者自身が、いまが良ければ良いというマインド、数年先を見据えた指導ができていないのではないかというところです。
良くも悪くもスカウトの時期が早すぎるのではないかとも思います。10歳でJ下部だったり強豪街クラブへ行ってしまう。それ自体はポジティブな側面がありつつもその子自身のパーソナリティや伸び代を見た上で育んでいかれるのかという懸念はあります。
長い目で子どもを育んでいけるような関わり方が必要だと感じています。
Q. なるほど、スカウトされた後ですら目先の結果を優先した指導が行われがちということでしょうか。
A. 一概にそうとは言い切れませんが、その子の伸びしろをどこまで見ているのだろうか?と疑問を感じる局面はあります。スカウトされた子がこれまでなにをどのように育まれてきたのかという文脈がないがしろにされてしまう側面は構造的にどうしてもあると感じます。組織の状況都合が優先されてしまう傾向はどうしてもあると思うので難しい問題だと思います。それでも現場の指導者は子どもの伸びしろをしっかりと見て育むという本質からブレないことが重要だと思います。
サッカーはサッカーだけでは育まれない
Q. 岩佐さんが指導者として大事にされていることを教えてください
A. まずは遊び心ですね。そのために余白を軸にしながらも最先端にも目を向けるようにしています。
軸としては柔らかいサッカーを大事にしていますが、それは自然にあるものであり、そのように育みながらも、その次になにが必要なのかというところを子どもたち一人ひとりに対して考えています。
サッカーというのは、人間がプレーするものである以上、決してサッカーだけでは育まれず、サッカー以外の日常とつながる人間性がどうしてもついて回ります。
誰かのために頑張れるのか。その誰かがいるのか?というのはとても大切なことだと思います。
組織の中で、自分のことを優先してしまう子が増えたように思います。それは子どもの世界だけでなく、我々大人の社会の縮図なのかもしれませんが。
選手権に行ったとき、3年生は一人も辞めませんでした。人と深く繋がれるチームは強い。それを証明してくれた世代でもあります。
中学生を見ているときも同じことを感じました。年代を問わず本質なのだと思います。
子どもたちの内側から湧き出るものがあるかどうか、それを尊重しあえる関係性があるかどうか、そういうチームをつくっていきたいと思っています。
このような考え方は、私自身が誰かのためじゃないと動けないという性質がベースにあるかもしれません。
子どもたちを上手く導けないことは当然あります。でも、あきらめずにアプローチし続けることが指導者として大切なことだと思います。
情熱を持って伝え続ければ、いまは気づけなくてもいつか気づくときはくるかもしれません。我々の伝えたいことの何かは彼らに残ると信じています。