この記事のタイトルを読んだ人の中には、コーチングの技術的な要素を期待する方もいらっしゃるかもしれません。今後、そういった記事もご紹介していく予定ですが、今回ご紹介する3つの記事に共通するテーマは “想い” です。
人への “想い” 、フットボールへの “想い”
私は、サッカーに限らず、大切なことを誰かに伝える時にもっとも重要なのは、テクニックや技術ではなく、より根源的な “想い” だと思うのです。
“想い” は好奇心や主体性を生みます。それは人生においてとても大切なことだと私は思うのです。
そんな “想い” を大切にしている大人が紡ぎ出す記事をご紹介していきます。
サッカーが人生を救ってくれた… そんな素敵なお話。
当時、一番好きだったチームのとある選手が目の前にいた。
衝動的に人だかりに入っていって、夢中になってユニフォームを目指した。きっと握手は難しい。でもせめて、あのユニフォームにさわってみたいと思ったんだ。他のチームの子をかきわけて、やっとのことでそのユニフォームを握った。
その時、頭に大きな手がやってきて、グイと顔を上げさせられた。
「あ、やっぱり女の子か」目指していた選手は、私の顔を見てそう言った。首都圏のチームには、ちらほらと女の子が混じっていたけど、まだまだ数が少なかった。だから珍しかったんだと思う。
最初、ショートカットにして日焼けで真っ黒になっていたのに、よくわかったなと驚いた。次に、ものすごく緊張した。だって私は、みんなが言うには世界で一番気持ち悪い女だ。どんなに洗っても、臭いと避けられるバイキンなのだ。あっちに行けと言われたらどうしよう。そんな風に考えて、一瞬で泣きそうになった。もしかしたら、ユニフォームが汚れたと怒られるかもしれない。さわろうと思わなければよかった。イベントに来なければよかった。急に怖くなって、逃げようとした。でも頭はガッチリつかまれてるし、前後左右は人だらけで移動なんかできそうになかった。
緊張で固まっていると、その選手は私を見て笑ってくれた。逆光だったから、笑った時に見えた真っ白な歯が、なにより印象に残っている。「がんばってね」その選手は、ひとこと励まして頭をなでてくれた。たったそれだけだったけど、私の狭い世界を壊すにはそれだけで十分だった。嫌がられなかった。臭いと言われなかった。気持ち悪いと避けられることもなかったし、それどころか笑ってくれた。
周りがみんな敵という状態だったから、好意的に受け入れてもらうという体験が新鮮で、心の底からうれしかった。しかもその相手は、あの読売ヴェルディの超有名な選手だったのだ。冗談抜きで、世界が壊れた。もちろん良い意味でだ。私は別に汚くも気持ち悪くもない、普通の一人の子供なんだ。あの笑顔と励ましは、ちゃんとそれを教えてくれた。
この日から、いじめられても大丈夫になった。
せんろをつくるひとになりたい
幼稚園に飾られていた短冊。年少さんのもの。電車の運転手さん…ではなくて「線路を作る人」になりたいという、この子の感性に感動した。そしてこの子のこんな下地を作った親御さんも、素晴らしい。
せんろをつくるひとになりたいっていう園児の短冊を紹介しましたが、鬼木さんも、これからどこへ行っても、どこまでもステージが上がっても、下手くそで不器用なサッカー少年の味方のままでいて、もっともっと探求を続けて、決して目立たないけれど、一人でも多くの世界中の選手達にキッカケと喜びを与えられるような、サッカー選手にとっての「せんろをつくるひと」になってほしいな。
※フットボールスタイリスト鬼木祐輔著書:重心移動だけでサッカーは10倍上手くなる
想いを繋ぐこと、紡ぐこと
訪問した日は日曜日。朝9時からの練習には部員14人が参加してくれた。グラウンドはあいにく霜が溶けるとぐちゃぐちゃになるために体育館で行われた。
元気いっぱいに挨拶をしてくれた子どもたちと一緒に体を動かしながら楽しくアップをして体を温め、十分に柔軟体操。そして簡単なパス練習から2グループに分けて少人数でのゲーム形式の練習。
最後に3チームに分けてドイツの育成層でよく行われる「1ゴール決めたら勝ち残り」「最長3分」「引き分けの場合は長くプレーしている方がピッチを出る」というミニゲーム大会を行った。
1ゴールで勝ち負けが決まる緊張感と広くはないピッチのためにあちこちでガツガツボールの奪い合いが見られた。こうして見ると日本人だからとかドイツ人だからというのは関係ないなと思う。まだ現役選手の私(当時ドイツ8部リーグ所属)も子どもたちに負けじと全力で攻守に走り回り、まだサッカーを始めたばかりの子からのアシストでゴールも決めた。アシストしたことに驚きながらも喜ぶ子とハイタッチをして感情を爆発される。楽しい時間だった。心と心が触れ合っていると実感することができた。
練習後、代表で挨拶をするキャプテンに「また来てください」と言われた。「いつ来るかの約束はできない。でもかならず来るよ、ここに。またサッカーをしに来るよ」と答えることができた。そう、続けていかないと、繋いでいかないといけないことなんだ。人と人の縁が繋がりを生み、僕を南三陸へと導いてくれた。僕の思いもまた次へと繋いでいかないといけない。
人の “想い” を育んでいくこと。
サッカーの本質を追求する旅はつづく…