先日、外国人リーグで試合に出た時のこと。
私は南米出身者で構成されるチームに所属しておりますが、この日の相手はリーグでも数チームしかない日本人のチームとの対戦でした。
リーグに所属するチームのほとんどは欧米出身者で構成されているので日本人チームとの試合はレアなのです。
試合はとても後味の悪いものになりました…
日本のサッカーは鎖国している
昨日、外国人リーグで南米のチームで試合に出て日本人のチームと試合をしたんだけど、激しい球際と駆け引きが全部反則に感じるらしく、試合中ずっとファールを要求し、差別的発言のオンパレード。こんなサッカーのサの字も知らない人が大半なんだよね。残念で仕方ない。
— Kei Imai (@Keivivito) November 26, 2017
悲しいのはうちはメンバー揃わず8人に対して相手11人(負けたけど)。
— Kei Imai (@Keivivito) November 26, 2017
なにより相手は20代の若い子達が多かったこと。教え子と変わらんす。ちゃんとサッカー伝えなきゃいけないと改めて強烈に思う一日でした。
日本のサッカーは独特
南米のサッカーは世界でも独特だと言われます。
リズム、野生感、駆け引き、球際の強さ、その中で培われた独特のテクニック…
そして何より、自分の100パーセントを出す術を持っています。
私は南米のサッカーもスペインのサッカーも、イギリスのサッカーも草サッカーレベルですが体感して感じることは、日本のサッカーは独特だということです。
日本人の多くのチームがやるサッカーは、球際では戦わないように敵からボールを遠ざけて綺麗にゴールまで運ぶ。その過程で駆け引きはほぼなく、プレッシャーのないところでいかに正確にボールを止めて、蹴れるか、規則的に走ることができるか。
そのようなことが重要視されるのが日本のサッカーです。
これはサッカー強国と言われる国から見るととても独特に映るようです。
チームメイトのコロンビア人はこう言いました。
「日本でサッカーしてても心から楽しめない。みんな感情表現しないし、周りに気を使いすぎる。ちょっと自分の我を出すと変な空気になる。思い切りプレーができないから面白くないよね。」
以前、中田英寿が「日本人は自分の100パーセントを出す術を知らない」と言いましたが、まさにその通りで、これはサッカー以前の問題で日本社会が作り出している「出る杭を打つ」という特徴だったり、同調圧力による自己表現が抑制される空気感なのだと思います。
もっと自分を出して良いのだと思います。
ドン引きされるくらい自分を出しちゃう南米の仲間を見ていると、それがデフォルトだからこそ、サッカーで当然のように100パーセントを出し切れるんだろうなと思うことがあります。
「日本でサッカーをしてても心から楽しめない…」
同じことを言って海外でプレーする選手を何人か知っています。
1人はこちらを参考に↓
もう1人はアルゼンチンの名門でプレーする16歳。
近日記事を公開予定なので楽しみにしていてください。
アルゼンチンの名門でプレーする16歳サッカー選手に話を聞いてきたんだけども、色々とすごかったな
— Kei Imai (@Keivivito) November 28, 2017
試合に負けて罰走して、サッカーが改善されると本気で思ってる大人がいなくならないと日本サッカーは強くならないと思います。って16歳のアルゼンチンでプレーする若者が言ってました。
— Kei Imai (@Keivivito) November 28, 2017
サッカーの本質を追求する旅はつづく…