大人になってから学ぶサッカーの本質とは

日本にいながら外国人リーグでプレーする私の目から見るサッカーの本質とは… 元サッカー選手、元サッカーコーチ、中南米放浪サッカー経験者として好き勝手語らせて頂きやす

わたしにとっての日常 ~Jリーグのある生活~|名古屋グランパスみぎさん

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最近、ときどきですがふと考えるんです。

「おれ、何のためにこんな必死に書きごとしてるんだろうか」と。

サッカー全般、主に名古屋グランパスのことをブログに書き綴るようになり、気づけば二年近い月日が経ちました。でも二年って長いようで実は短いもの。もっと何年も何年も書き続けている人たちが沢山いるわけで、まだまだ若輩者な私です。

さて、なぜ書きごとをするようになったか。これは遡るとグランパスが降格したちょうど二年前に話を戻さなければ説明出来ません。

 

書き手:みぎ(@migiright8

降格という事実と正面から向き合い、気づいた気持ち

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名古屋サポーターの方はもう思い出したくないですか思い出したくないですね。いや、今でこそ偉そうにブログでグランパスのことを語ったりしていますが、私よりコアなサポーターって、それはもうどれだけでもいらっしゃいます。

私は結構情けないサポーターでして、正直、心折れてました。「あーもうこのチーム嫌だな」って。思い返せば子供の頃からグランパス一筋で、縁あってサッカーもプレーヤーとしてやっていましたから、私にとっての教科書は瑞穂にあったし、やっぱり憧れはピクシーだった。でもあの時ばかりは折れてました。連日報道されるクラブの内部事情に目を通しては、もう死にかけなのに背中からグサグサ刺されているようで、つらかったです。

今でも忘れませんが、夜ベッドの上でサッカー仲間のライングループにこんなことを送ってました。「京都応援するにはちょっと遠い?」とか、「降格したんだし、同じように下で頑張ってる岐阜に本腰入れようか」とか。いやー名古屋サポの方が読んだらぶん殴られそうですけど、それくらい折れてました。そうやって仲間に伝えることで、自分を慰めておりました。現実を受け止めたくなかったんです。降格したことも、クラブのゴタゴタも、自分の人生から抹消できたらどれだけ楽かなって。入れ込んでいた分、その反動は大きなものでした。

でも無理だったんです。嫌いになれなかった。このクラブより好きになれそうなチームがなかった。逃げようとすればするほど、「あぁ俺はグランパスが好きなんだなあ」って。皮肉な話ですが、多分何事もそんなものなんですね。で、それを自覚すると不思議ともっと好きになるんですよ。そこの山を乗り越えると、強いんです。吹っ切れてからは、夜もがいていたベッドも、朝を待ちわびるベッドに生まれ変わりました。不思議と毎朝5時に決まって目が覚めるんです。で、携帯で朝のスポーツ新聞の情報を集めて、一喜一憂していました。我が事、でした完全に。

新たな風が吹き、芽生えた想い

やっと本題に入っていくんですが、実はここに至るまで、情報発信って一度もしたことがありません。もちろん情報収集はしていました。ただ、自分から何かを発信したいと考えたことはただの一度もありません。

そのきっかけになったのは、降格して生まれ変わったグランパスの練習を、お休みの日に見学に行ったときです。驚きました。え!?プロがこんな小学生のように手取り足取り教わるの!?って。リアル風間八宏体験、そこがお初だったんです。

なんだかすごいワクワクしてしまって。いや、風間監督が賛否両論あるのは百も承知だし、私自身サッカーに関してはオタク気質なところがあるのは自覚していて。だからその賛否の「否」はよく分かっているつもりだし。川崎時代からお気に入りだったわけでもなく。もはや風間信者代表みたいにお思いの方もいるかもしれませんが、あのときあれほどワクワクした理由って、サッカーのそれだけではなかったんです。

誰の目にも降格して全部壊れてしまったのは明白でした。だからそれを一から作り直してる実感って言うんでしょうか。おいおいそこまで手取り足取りかい!とはツッコミたかったですけれども、私としても、一度壊れた心をなんとか引き留めて、前向きになったところでその光景を見て、なんというか純粋に心を打たれてしまったんですよね。求めていた新しい風が、そこには間違いなく吹いていました。

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これは声を大にして言いたいですが、私は今でもあのタイミングで風間八宏グランパスに連れてきたことは、チームにとって最大の功績だったと思います。家の基礎ごと失ってしまったチームには、見せかけの綺麗な上物を作れる人間より、泥臭くても基礎からみっちり作り上げようとする人間が必要だった。そこに妥協しない人間こそが、あのときのグランパスには必要だった。「何かを作り上げることに長けた人間」ここに舵を切らない限り、あの閉塞感を打破するのは難しかったでしょう。だからサッカーの良し悪しって、ある意味二の次で。ただそうは言うものの、今となってはあの極端なまでに派手なサッカーで良かったんだと思います。そのサッカーこそがグランパスから離れかけていたマスのお客さんの興味を繋ぎとめた要因でもあると思うから。「戦術論だけでは語れない魅力がサッカーにはある」おそらく風間八宏の最大の魅力であり、他の追随を許さない個性はこれなんでしょう。私自身、それを実感することで、おそらくサッカーの見方が変わったと思います。視野が広がった、ともいえます。

話は逸れましたが、まあ兎にも角にも、新しく生まれ変わったクラブが、これからどんな歴史をまた一から築いていくのか、ずっと見ていたい、そう心から思えた瞬間はあのときです。

模索する中で思い出した記憶

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写真=Getty Images

不思議とそう思ったら、ヨチヨチ歩きで生まれ変わろうとしているクラブのことを自分も誰かに伝えていきたい、そんな気持ちが芽生え始めて、よしいっちょSNSやったろかと。誰の得になるかも分からない使命感が湧いてきてしまった。これを知らないのはもったいないって。もともと自分が良いと感じた「こと」「もの」を人に伝えるのは好きだったこともあって、その気持ちが芽生えてからは悩むことなくといったところです。

某巨大掲示板に書いたこともあります。ただどれだけ情報発信しても、信頼が積み重ならない実感がありました。自分が良いと感じたことを伝えたいのに、そこには「自分」が残らなかった。同じ趣味を持って、同じように情熱を傾けている方たちと想いを共有したいのに、肝心の人の体温みたいなものが、私としては感じられなくて。で、行き着いた先がツイッターだったと。

ありがたいことにそれを面白がってくれる方々が徐々にですが増えてきて、その中でグランパスのブログを何年も書き続けているグラぽさん(@grapodotnet)が、「みぎさん、うちのサイトで何か書いてみなよ」と声をかけてくださって。ブログを書き始めたのはそこからで、その一押しがなければ間違いなく今もやっていないでしょう。実は学生時代からサッカーの物書きになるのは、ちょっと憧れでした。でも、普通に歳をとって、家庭を持って、その想いみたいなものは、とっくに箪笥の引き出し、しかも随分奥の方に閉まっていたわけです。その一声がなければ、多分死ぬまで引っ張り出すことはなかった。

なぜ「書く」のか

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今、ブログ界隈というか、サッカー好き界隈では「戦術論」がブームです。私も神が誤解して一度だけフットボリスタに寄稿するチャンスをもらえたりと、まあそれは奇跡も奇跡ですが、嫌いではないです。むしろ好きな部類だと思います。

冒頭の話に戻りますが、皆さん、なんのために言葉にするんでしょう。限られた時間をそこに費やすんでしょう。少なくとも、私に関しては今そこに対する賃金など存在しないわけです。

もうこれは超がつくシンプルな話ですね。きっと書くことが好きなんです。この大前提がなければ、少なくとも「書く」という行為をもって先ほどの想いを果たそうとは思わなかったはずで。手段はなんだっていいわけです。

ただ「書く」にもいろいろな形が存在します。中には自分のために、という方もいるでしょう。特に現場に携わっているような方にこのケースが多いかもしれません。アウトプットのために、ある意味アウトプットすることでインプットする。

ただ私はどこにでもいるような普通のサラリーマンです。これらが自身の仕事に直接活かされるわけではない(活きてればいいなとは思っていますが)。つまり「好き」は大前提でも、それだけでは続けられない。その好きという気持ちを、何のために使うか。これがなければ私は続かなかったと思います。

その動機が運良く私にはあった。それはこれまで書いた通りです。同じ趣味を持ち、同じように情熱を傾けている人たちに届かせることが出来たら、どれだけ幸せだろう、どれだけ毎日が楽しくなるだろうって。結局、一人で楽しんでいても実は楽しくないんです。誰かと共有するから、それが何倍にも膨れ上がる。そう思えるのは、多分に自身の性格も起因していると感じます。

私がツイッターやブログをやる理由は、もうこれだけです。あえて「運営方針」などと大それたことを言えば、それしかございません。

ですから人気者になりたいという欲もなければ、自分の書いていることが全て正しいとも思いません。結果として解説しているように見える場合もあるでしょうが、少なくとも書いている本人には「これを教えてやろう」なんて、どこの誰に頼まれたわけでもない上から物言う気持ちも毛頭ないです。

何かを書くときは、読んでくださる方を想像します。こんな人に読んでほしい、こんな人たちが喜んでくれたら嬉しいなと。やっぱり読んでもらうなら楽しかった、面白かった、楽しみになった、そう思ってもらえるものを書きたい。ただ一つだけプライドがあるとすれば、そんな中にもいわゆる私と同じ「オタク」でも面白いと思ってもらえるクオリティを担保するということです。それは私自身が同じ種族なので、オタクとしてのプライドです。

「最高の賑やかしを」

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サッカーが好き。最高ですね。特にJリーグが大好きな方。もうその出会いって奇跡的じゃないですか。ある方がこう仰っていました。「一生、暇つぶしに困ることはない」と。毎日大好きなチームの情報で生活は彩られ、週末まで次の試合を待ちわびて、私たちは毎日を過ごします。週末になれば、大好きなチームの試合を目の前で観ることが、応援することが出来る。試合の前、スタジアムまでの道のり、スタジアムに入るまでのあの高揚感。スタジアムでの興奮、感動、そしてときどき訪れる落胆。スタジアムを出てからの余韻。そしてまた新しい一週間が始まる。シーズンが終わっても、今度は来季に向けた楽しみでまた満たされる。新しく加入する選手に、希望を抱く。

この彩られた日々に私なりの形でさらに華を添えられたら、もう言うことないなと。まあ皆さんご家族の方からすれば困った方々だと思いますが、そんな困った方々の日常を賑やかしたい。それだけです。誰かに何を教えるでも、答えを提示するわけでもなく、ただただこの日常をより華やかにして、一緒にお花見したいねと。私の物書きは、その想いが支えていて、それによって作られております。ただ同時に、実はその賑やかしこそが最高のものであると、私なりのやり方で示していきたいと思います。

カッコつけたこと書きましたが、やっぱり降格したチームを風間監督に預けるのは大博打だったと思いますよ。ただあのときボロボロの瀕死状態だったチームが蘇るには、普通のことをやっていては駄目だった。それが賭けだとしても、生まれ変わった姿で蘇るには、一世一代の大博打をはる必要があった。情報発信をするようになった数ヶ月後、私たちは一年でのJ1復帰を果たしました。昇格が決まったあの瞬間、年甲斐もなく泣きました。隣にいた友人が引くくらいには、泣きました。大好きなクラブがあるって、なんて幸せなんでしょう。

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最後に。最近友人にこんな話をされました。「お前は昔から俺たちが女の子にメール送るときも、文章問題ないかチェックしてくれてたもんな」。改めて言われると、なんて図々しく偉そうなんだ俺は。まあ、やっぱり人に何かを伝える行為が、好きなんですね、残念ながら。

 

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