私は少年時代、孤独に黙々と練習した。
当時は今のようにYouTubeもなければスマホもない時代だ。
父親と一緒にビデオ屋さんへ行ってサッカー関連のビデオをみたり、深夜にダイナミックサッカーをみてサッカーを学んでいた。
この回は鮮明に覚えている。
ギグスのディフェンスを転ばせるドリブル。
カントナのアウトサイドループパス。
マテウスのスーパーボレー。
世界のスーパープレーをみて、頭に焼き付けてボールをもって公園に向かう日々だった。
ある日、ビデオ屋で借りた一本のビデオが私の人生を変えた。
『マラドーナ 栄光の10番』だ。
とりわけ何度も何度も観たシーンがある。
小学生だった私は、衝撃を受けた。こんなことができるのかと!
『栄光の10番』より抜粋
かかとだけでリフティングをするマラドーナに驚愕し
『栄光の10番』より抜粋
肩で正確にボールをコントロールするマラドーナに感動した。
このビデオを観ては公園へボールをもっていき何度も何度も練習した。
当時は言語化できなかったけど、今ハッキリとわかることがある。
私は子供ながらにマラドーナとボールの関係性の大切さを理解したのだ。
当時はインステップで規則的に何百回とリフティングできる子供が賞賛されていたけれど、私はいかにボールを気持ちよくタッチできるかという感覚こそが大事なんだと思っていた。
マラドーナは私のサッカーの先生だった。
身体とボールの関係性が幸福度を高める
マラドーナのボールタッチをみていると実に楽しそうだ。
ボールと戯れるマラドーナをみているだけでボールを触りたくなってしまう。
あんなに楽しそうに、踊るようにボールと遊ぶ姿をみていたらすぐにでもボールをもって公園に駆け出したい衝動にかられる。
このマラドーナのタッチでつかんだ感覚が私の財産になった。
足首の使い方
サッカーにおいて大切な要素は多々あれど、足首の使い方を教えてくれる人は稀だろう。足首を上手に使いこなせるとボールタッチの質が変わる。柔らかさが出る。瞬間的な速さが生まれる。これはすべてマラドーナを見て学んだことだ。
ゴルフボールのような小さなものでも自在に操ってしまう天才マラドーナ。
教わるな、学び、感じること
サッカースクールが流行っていることもあり、サッカーは教わるものだということが当たり前のようになってしまっているけれど、サッカーを教わるという受身マインドで成長することはできない。自ら学び、自ら観て、感じることが一番の近道だ。
大人はその為のサポートに徹するのみだ。
好奇心の種を仕込み、好奇心が爆発するときまで辛抱強く待つことだ。
信じて、任せること。
少なくとも私は両親にこのようにサポートしてもらったし、コーチ時代にもこれが一番大切だなと思いました。
サッカーの本質を追求する旅はつづく‥.