大人になってから学ぶサッカーの本質とは

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子どもに伝えるべきことは何なのか大人が理解していない

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最近読んだ本に面白いことが書いてありました。

ビートたけしこと、北野武さんの本です。

私は“サッカーの本質”をテーマにこのブログを書いているわけですが、サッカーを通じて人生の本質を考えていることに気がつきます。サッカーの本質をいかに伝えるかを考えていると、人としての在り方を考えてることに行き着くのです。

サッカーをテーマにしながらも、人生という壮大なテーマを扱っていることに気がつきます。

人として本当に大切にしなければいけないことはなんなのか…

私はむしろサッカーとは異なるテーマから本質を見いだすことが多いのです。

今回は、北野武さんの言葉から学んだことをご紹介したいと思います。

 

 

 子どもに伝えるべきことは何なのか大人が理解していない

人生がこれから始まるっていう子どもに、 自分を見つめさせて、なんの意味があるのか。

 自分を見つめて、「自分はこういう人間です」なんて小学一年生がいい出したら、これはどう考えたって不自然だ。子ども時代に必要なのは、自分を見つめるなんてことより、自分の好き勝手に遊ぶことだ。  

虫だのカエルだのを追いかけ回したり、野球やプロレスごっこをしながら、子どもはいろんなことを学ぶ。  

 なのに、学校だけじゃ飽き足りず、夜遅くまで学習塾に通わせて、そういう大事な時間を子どもから奪ったあげくに、「自分を見つめなさい」なんていっているわけだ。

 何をして遊ぶのが好きだとか、食べ物は何が好きだとかを子どもに書かせて、それが自分らしさだなんて教えている。

「いちばんうれしかったことを書きなさい」っていうのもあって、笑ってしまった。

 小学一年生に、いちばんうれしかったこともないだろう。そういうのは歳をとって、昔をふり返って、「ああ、あの頃がいちばんいい時代だったな」と思い出すものだ。ダンゴムシだの地蜘蛛だのの一匹でも、物珍しくて一日中追いかけ回しているような時期なのだ。毎日のように目新しいもの、未知の何かに出会って、好奇心を燃やしている子どもに、過去をふり返らせていったいどうしようっていうんだろう。

 いやそれは、子どもに限った話じゃない。映画監督の黒澤明さんが「あなたの最高傑作は?」と質問されて、「次の作品だ」と答えたっていう有名な話があるけれど、昔をふり返って過去の栄光にひたるのは、要するに年寄りの発想なのだ。そういう発想をする奴が道徳の教科書を書いているわけだ。

 だいたい、女の子のスカートめくりをしてるのがいちばん楽しいとか、学校の帰りに万引きした駄菓子がいちばん美味しかったとか、そう書いたとしても、それが自分らしさだから大事にしろとでもいうんだろうか。大人になったら誰にも邪魔されずに一日中思う存分ゲームをするのが将来の夢だと書いても、先生は頭をなでてくれるんだろうか。

生きるということは自分を表現すること

 子どもにはもっと表現させてあげたいと思う。

今の世の中は社会がリスクヘッジを徹底して行ってしまう。

これは危ないからダメ!と、何でも規制して危険を取り除くことによって子どもが身をもって学ぶ機会が失われてしまっている。

信じられないことに、公園でサッカー禁止、野球禁止などという看板を都内でたくさん目にする。遊具すら危険だという理由で取り除かれてしまう。

遊んでいたら怪我をするリスクなんていくらでもある。

痛い目にあってはじめて人は学ぶものだ。

もしかすると怪我をする子どもは減ったかもしれない。

しかし、それ以上に失われてしまったものが大きいように感じる。

子どもが自由に表現する場所がなくなってしまった。

大人の徹底した管理によるのもだ。

サッカーもクラブに所属しなければプレーする場所がない。

これではサッカー文化が育まれるわけがない。

文化は大人の知らないところで勝手に育まれていくものだ。

それを全て大人の都合で管理してしまっているから、大人の作った常識の範囲の中でしか個性は育まれていないような気がする。

サッカーに限った話ではないけれど、子どもがもっと自由に表現できる場所を作らなければいけないのだと思います。

私は文化を育みたい。

サッカーであればクラブの数を増やすのではなく、自由に表現できる遊び場を増やす方が有意義だと思う。

近所迷惑だという理由で、簡単に遊ぶことを禁止しているのであれば、それは大人があまりにも不寛容だ。

その不寛容によって文化が失われていることを大人はもっと自覚しなけれならないのではないかと思う。

自分を表現する場所… それを作ってあげることが我々大人が未来に残すべきことなのではないだろうか。

 

サッカーの本質を追求する旅はつづく…

keikun028.hatenadiary.jp