
プロを目指す者も、そうでない者も。
サッカーは、かつてよりもずっと“人を育てる場”としての価値が問われているように思います。
Jクラブのアカデミーにおいて、日々10代の選手たちと向き合い続けているのが、名古屋グランパスU-18の佐枝篤コーチだ。彼はスペインでの指導経験を持ち、ヨーロッパと日本の育成現場を肌で知る指導者の一人。
今回のインタビューでは、GPSデータの活用、育成年代の評価軸、子どもたちの個性の引き出し方、さらには「プロになれなかったあと」を見据えた人間形成まで、多岐にわたる視点からお話を伺いました。
前回の大反響だったインタビューはこちら👇
佐枝 篤 (さえだ あつし)名古屋グランパスU-18 コーチ
指導歴
2006-2010年 熱田高校サッカー部コーチ
2011年 一宮興道高校サッカー部コーチ
2012年 佐織工業高校サッカー部監督
2014年 U.E.SANT ILDEFONS Juvenil C (U-18)コーチ
2014-2015年 E.F.GAVA Alevin A(U-11)第二監督
2015-2016年 C.EJUPITER Infantil B(U-13)第一監督
2016年 C.EJUPITER Infantil A(U-13)第一監督
2017年 FC市川ガナーズ(旧アーセナル サッカースクール市川) U13監督
2019年3月-8月 アルビレックス新潟メソッドコーチ兼通訳
2019年8月 アルビレックス新潟U-12コーチ兼メソッドコーチ
2020年1月-2020年12月 アルビレックス新潟U-18コーチ2021年2月- 名古屋グランパスU-15コーチ
2023年1月- 名古屋グランパスU-18コーチ
「走行距離が長い=良い選手」ではない
ーー最近注目が集まっているGPSデータの活用について伺いたいのですが、実際の育成現場での使い方や考え方について教えてください。
佐枝篤(以下、佐枝):
GPSデータ自体は、選手の走行距離やスプリント回数、スピードなどが数値で出るので、トレーニングの設計にはとても有用なんです。特に肉離れのリスクとか、過負荷になっていないかのチェックには使えます。
ただ、あくまでそれは“ヒント”であって、“評価”の基準にはしていません。
数値だけを見て「この選手はよく走ってるからいい」と言ってしまうのは危ない。大事なのは、「いつ」「どんな意図で」その動きが出たのか。その背景を見ないと、本当のプレーの良し悪しはわからないんです。
ヨーロッパの育成現場は「統合」が鍵
――なるほど。評価よりも、文脈や意味づけの方を重視していると。その辺り、ヨーロッパの育成との違いは感じますか?
佐枝:
ありますね。ヨーロッパでは、フィジカル・技術・戦術などを統合的にトレーニングするコンディショニングコーチがいて、個々の選手の状態に合わせて負荷をコントロールする体制が整っています。データも活用しつつ、それ以上に“選手をどう見るか”が重視されています。
日本もそこに近づきつつありますが、まだ要素を切り分けて練習してしまうことが多いので、そこにちょっとした差を感じます。
――指導現場で“人を見る力”が問われるようになってきたというのは、日本でも実感ありますか?
佐枝:
そうですね。特に育成年代は、ただ技術が高いとかではなく、「この子は何を感じているのだろう」とか「この行動の裏にある背景はなんだろう」といった視点が必要だと感じます。
子どもたちとのコミュニケーションでも特に大切にしているのは彼らの反応です。こちらの問いに対する反応をしっかりと見るということが彼らの状態を知る一つのきっかけになります。
彼らが培ってきた技術はそのようなコーチや親や誰かとのコミュニケーションの積み重ねの中で育まれていく要素でもあると思うんです。
いまのミスはなぜ起こったのか?をどう見るかは大事にています。
表面的には技術的なミスだけど、彼らの関係性を観察していると、人間関係のストレス要因でミスが起こることもあります。どこかで生じたコミュニケーションエラーがピッチのプレーに影響することもある。だからこそサッカーと繋がる日常も可能な限り知ること、見ることを意識しています。
「遊びが減った社会」で、子どもは何を失っているのか
――なるほど、選手、子どもたちの関係性も大事にしているのですね。社会や時代の変化と共に「遊びの減少」が子どもの運動能力や創造性、人間関係構築(コミュニケーション)に影響しているのではと感じることはありますか?
佐枝:
昔みたいに外で自由にボール蹴ったり、友達と喧嘩しながら遊んだりする機会が減ってしまっていて、それがプレーの自由度にも影響している可能性はあるかもしれません。
今の子たちはとても真面目で指示をよく聞きます。でもその分、自分で何かを“つくる力”が弱くなっているように思います。
先日、ローマに遠征に行ったのですが、施設内にフットバレー用のテーブルなど、選手たちがコミュニケーションを育みながら遊べる場所が用意されていました。
サッカーのトレーニングだけじゃなく、選手同士が気軽に遊びながらコミュニケーションを育む機会が設計されているのは素晴らしいと思いました。
それこそ日本の公園もそうですし、クラブもこのような設計が積極的にできるとよいですよね。
――欧州のトップクラブがそのような取り組みをしているのは面白いですね。やはり遊びとコミュニケーション大事にしているんですね。
感情が試合を変える。サッカーは“静か”じゃなくていい
ーー本当にそうですね。少し話題を変えるのですが、最近の選手は「ちゃんとしてる」けど、感情の起伏があまり見えないようにも感じますが、いかがですか?
佐枝:
それは僕もすごく感じています。ヨーロッパの試合って、もっと感情が出るんですよ。喜怒哀楽が試合の中にあるというか。それがエンターテイメントにもつながっていて、日本のサッカーとの違いを感じます。
日本の育成年代では、感情が見えにくいことが多くて、僕はそこをもっと大切にしたい。感情はプレーを変えるし、観る人の心も動かしますから。
もっと感情を発露、表現して欲しいので、それを引き出すことも大事にしています。
そういった面でもローマ遠征はいい刺激になりました。
技術的には対等以上にやれますが、感情表現やコミュニケーションの部分は違います。数値で表れないところの内面的な部分の表現は誰かに言葉にできない何かを強烈に伝えます。それはサッカーにおいてはとても大切なことだと、スペインにいた頃に学んだ大切なことを思い出しました。
「プロになる」よりも大切なこと
――体系化、アスリート化が進む中で、選手の「個性」や「人間性」をどう育てていくか、難しいテーマですね。
佐枝:
難しいですね。でも僕は、指導者って「技術を教える人」ではなくて、「その子の人生に関わる人」だと思っています。
指導者として技術力を高めるというのはあくまでもその中の一部という捉え方です。
プロになれる選手はほんの一部。でもどんな選手でも、人として自立して、自分で考えて行動できるようになることはできる。だから、サッカーを通じて“人間性を育てる”ことを大切にしています。
指導者の役割は、戦術の伝達者ではない
――最後に、佐枝さんがこれから目指す“指導者像”について教えてください。
佐枝:
僕が目指したいのは、「人の心を動かせる指導者」です。
サッカーの戦術やテクニックはもちろん大事。でも、それだけじゃ人は動かない。選手の心に火を灯して、彼らが“自分の人生を生きていく力”を持てるように寄り添っていきたいです。GPSでは測れないものを、ちゃんと見つけられる人でありたいですね。