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大人になってから学ぶサッカーの本質とは

日本にいながら外国人リーグでプレーする私の目から見るサッカーの本質とは… 元サッカー選手、元サッカーコーチ、中南米放浪サッカー経験者として好き勝手語らせて頂きやす

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もっと情熱的に自分を表現して良い 〜球際の感情的な駆け引き〜

サッカー育成年代
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もっと情熱的に自分を表現して良い

私が育った横浜の田舎町とは段違いに良い子が多い中学生たち。

よく気遣いもできて、人の話もちゃんと聞けて素晴らしく健全だなあという印象。

そんな子達が表現するサッカーもやっぱりとても健全で、上手にボールも扱えてこの子達の中身がそのまま出ているなあという感じだった。

 

しかし、私は物足りなさを感じてしまうのだ。サッカーとは自分の全てを表現するものなのである。「こいつには絶対に負けたくない。絶対に勝ちたい。」という想いを、感情を表現するゲームなのである。誰かに教わったことを上手くやろうとしたり、誰かに褒められる為にプレーするメンタルでは決して楽しめないのである。

南米の子供たちは目の前の試合に勝つためならなんでもする。勝たなければご飯を食べることができないからだ。家族を貧しさから救うことができないからだ。

彼らは自分の全てを出し尽くす。今日が人生で最後の試合であるかのように。

その極の極の戦いの中で遊び心を表現することの重要性を知っている。相手が我を忘れて感情的にタックルを仕掛けてくる時にこそ”遊び”が有効なのだと。この感覚を知る機会が日本の子供たちには必要だ。サッカーにおいての”遊び”の本質の理解がこの国には欠けている。

もっと自分の感情に忠実に、思いっきり自己表現して良いのだ。

もっと湧き上がる感情をプレーに乗せて良い。もっと野性的に剥き出してプレーして良い。その先にサッカーの本当の楽しさや喜びが待っている。仲間とつくる圧倒的な感動を本気で戦った記憶を彼らには経験してほしいと思いました。

 

そして私は外国人リーグを戦いに横浜へ向かった。

球際の感情的な駆け引き

この日の相手はアルゼンチンやスペインの混成チームでリーグ屈指の実力を誇る。現役の選手や元プロ選手が多く在籍する相手だ。

私の役割は中盤でボールを収めること。リズムをつくることだ。いつものようにボールがきたらしっかりキープして相手のプレスをいなして時間をつくる。ゲームをつくるということがしたかったのだけれど、この日の相手の中盤は190cm近い身体の強いスペイン人と肉厚で野性的なアルゼンチン人が激しく寄せてくる。思うようにプレーするのは難しい。とりわけ球際の激しさは凄まじい。ボールをもったら身体ごと壊してやるぞといわんばかりのプレッシャーをかけてくる。コンタクトをする度にダメージが蓄積されていく。ボール受けるタイミングに注意を払い。受けた時はすぐにボールを離せるように味方の位置を把握し、パスで逃げる選択肢を持ちながら相手の足が届きそうで届かない場所にボールを置きながら相手のファールを誘う。プレスが厳しい相手には最初に削らせてカードを出させればボールが持ちやすくなる。そんな感じでプレーしました。

しかし、前半終了間際に悪夢が…

こぼれ球が相手と自分の間に転がってきた。その球際の駆け引きの中、私が最初にボールに触りかけた時、相手はボールごと私の足を思い切り蹴ってきた。私の足首は一瞬曲がってはいけない方向に曲がり、激痛が走った。

これがこの日、最後のプレーとなった。

それにしても、最後のプレー… かなりエゲツない。ボールを蹴っているからファールには見えないだろう。しかし、相手も半分はダメージを与えてやろうと思ってのプレーであることは明らかだった。もう一歩早く動けていれば… あるいは敢えてボールを触りにいかないという選択肢もあった。

まだまだ、上手くなる余地はあるということだ…

それにしても尋常じゃない腫れと内出血。折れてなければ良いのだけれど…

 

 

サッカーの本質を追求する度はつづく…

 

 

 

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