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大人になってから学ぶサッカーの本質とは

日本にいながら外国人リーグでプレーする私の目から見るサッカーの本質とは… 元サッカー選手、元サッカーコーチ、中南米放浪サッカー経験者として好き勝手語らせて頂きやす

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サッカーの本質を…マリーシアの本質を見失ってはいけない 〜聖和学園 対 青森山田〜

高校サッカー サッカー観戦レポート サッカーを伝えたい人へ
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聖和学園 対 青森山田

大晦日に行われた青森山田 対 大社、聖和 対 野洲の試合を観戦した。

keikun028.hatenadiary.jp

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大社に勝利した青森山田はディフェンスライン、中盤、オフェンスに核となる選手がおり、よく統率され、対人も強く、高さもある、ロングスローもある。完成度の高いチームだった。

 

そして野洲に圧勝した聖和のテクニカルなサッカーを観て、聖和の真価が試されるのは青森山田戦だと確信していた。

 

この試合は観なければならないと思った。私は当初の予定を返上して観に行くことに決めたのである。

 

聖和の圧倒的なテクニックと駆け引きの巧さ

試合開始早々、聖和はいつものようにドリブルでしかけ、青森山田をスイスイ抜いていく。あっという間にゴール前までアドリブで、テクニックでボールを運び、決定機をつくった。ドリブルの技術、相手との駆け引きの巧さで完全に青森山田を凌駕していた。

15分くらいまでは…

青森山田のカウンター 縦への強さ

試合が進むにつれ、青森山田がカウンターでチャンスをつくる機会が増える。

聖和からボールを奪った後の切り替えの速さは脅威となり、青森山田の前線のスピード、縦への強さが聖和のディフェンスラインを切り裂いて先制点。

聖和は青森山田の効率的なカウンターに苦しめられる。

2点目も青森山田が決めた…

ゲームの展開は… ここから先は変わらなかった… 

終わってみれば結果は0−5で青森山田が圧勝だった。

団子サッカーを見ているかのような

聖和と青森山田のサッカーをみていたら、まるで小学生低学年の団子サッカーをみているようだった。ボールに群がる団子サッカーをテクニックで勝とうとするチームと、大人の入れ知恵で後ろと前に強い選手を残して効率的に勝つ為だけにプレーをするチーム。ありがちな光景だ。私は育成年代では”団子を制する者が試合を制す”という持論があるだけに前者だ。

しかし。

しかしだ。

勝たなければならないのだ。圧倒的な技術で、上手さで、凌駕しなければならないのだ。

聖和は武器をみせすぎた

聖和の会場を沸かせるテクニック、狭い場所での技術は本当に巧い。しかし、青森山田の強い守備網に引っかかる。ゴール前までボールを運べなかった。決定機をつくれなかった。

青森山田は上手くやった。聖和は上手くやられてしまった。想定の範囲内でしかプレーができなかったのが敗因だと私は思う。十分すぎるテクニックを持ちながら、ボール扱いの巧さ、目の前の駆け引きで凌駕しながらもゴールを奪えず、ゴールを決められ続けた原因は”武器をみせすぎた”ことだと私は思う。

みんながメチャクチャ上手い。でも、それだけでは不十分だった。

私は技術がベースにあるサッカーが賞賛されるべきだとは思うが、多くの人が言うような「聖和が絶対勝つべきだった。青森山田より聖和の方が良いサッカーをしていた。聖和のサッカーは間違っていない。」などとは決して思わない。安易にそのように結論づける人をみると、サッカーわかってないなと思う。

青森山田は聖和より明らかに強かったし上手かったから勝利したのである。この事実はしっかりと受け入れなければならない。青森山田にも聖和にもリスペクトを欠くことになる。

サッカーの本質は…マリーシアの本質はここにある

聖和は明らかに意外性を欠いていた。自分たちの武器の扱い方をもう少し勝つ為に使うべきだった。

私は安易に聖和のが面白かった。聖和が勝つべきだったなどとは思わない。

サッカーは素直な良い子ちゃんでは勝てないです。頭が良いだけでもボール扱いが上手いだけでも勝てない。目に見える駆け引きでは勝ったかもしれない。でも、目に見えないメンタル的な駆け引きでは青森山田が勝っていた。サッカーの本質はもっと感情的で感覚的で、狡猾なものだ。マリーシアの本質はここにある。

 

表面的なものしかみれない。美しい側面しかみえない、みようとしない。そしてあたかもそれが正解などと誤った捉え方を発信することはサッカーを間違って伝えることになる。それじゃダメなんですよ。もっと本質的な部分がみれないとダメなんだと強烈に思う。

聖和はサッカーの本質は”遊び”であり”アドリブ”であることを伝えた

聖和はたくさんの少年たちを、たくさんの大人のサッカーの価値観を常識を変えたと思う。聖和のサッカーが観たくて会場に足を運んだ人たちがたくさんいた。サッカーってこんなに楽しいんだ。面白いんだと。多くの人が感じたと思う。聖和はサッカーの本質は”遊び”だということを伝えてくれた。これは本当に素晴らしいことだ。私もワクワクしたし楽しかった。

そして聖和が目指すサッカーの先にあるものはよりサッカーの本質に迫るものになるのだと思う。そして世界がみえてくる。

 

これからの聖和の進化が楽しみだ。

 

サッカーの本質を追求する旅はつづく…

 

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