
某中学サッカー部の男子からこのような相談があった。
「決定機で外したらどうしよう」
「自分のミスで負けたら…」
どうしても大事なときに不安になってしまうんです。
でもシュートを決めたい。
どんな練習が効果ありますか?
メンタルはどのように鍛えれば良いですか?
そう相談してくれたこと自体が、まず素晴らしいと思います。
逃げずに、その怖さと向き合おうとしているわけだから。
ここで向き合わないといけないのは、技術の問題ではなく「あり方」の問題です。
怖いのはシュートミスじゃない。「自分を生きないこと」だ
どんなにすごい点取り屋でも、決定機で外すことがある。
世界最高レベルのストライカーでも、決めるのはせいぜい半分。
じゃあ、何がそんなに怖いのか。
・チームメイトに何か言われるかもしれない
・コーチに怒られるかもしれない
・親の期待を裏切るかもしれない
つまり、
「人にどう見られるか」が怖い。
ここが、日本でストライカー気質が育ちにくい一番の理由だと私は思います。
海外には、強烈なストライカーが当たり前のようにいます。
外しても外しても、次も堂々と打ちにいくやつら。
なぜか?
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「外したらどうしよう」より
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「俺が決める。今日決めずにいつ決める」
という “自分の声” を大事にしているからです。
日本はどうしても、同調圧力が強い社会です。
「浮かないように」「迷惑かけないように」「怒られないように」。
小さい頃から、こういう空気の中で育ってしまう。
その結果、
「自分はどうしたいか」よりも「どう見られるか」が優先される癖がついてしまう。
でもね。
それを続けている限り、サッカーも人生も、本当の意味では面白くなりません。
一番ダメなのは「打たないこと」だ
ストライカーとして、プレーヤーとして、
一番やってはいけないのは「決定機で打たないこと」です。
・シュートコースはある
・打てるだけの距離も角度もある
・でも「外したら…」と一瞬迷って、パスを選ぶ
その瞬間、
自分で自分のサッカーを諦めていることになる。
外すかもしれない。
ミスになるかもしれない。
負けの原因になるかもしれない。
それでも、
「この場面は自分が決めたい」
「チームの先頭に立つFWとして、ここは打たないと嘘だ」
そう思えるなら、そこで打つ責任を取るのが“前線の選手の仕事”です。
結果として外したら?
その時は、その痛みごと背負って成長すればいいだけです。
そこから打っちゃうの?って思われるくらいがちょうどいい。
自己決定できない人間が、ゴール前で決められるはずがない
ここで、少し厳しいことを言います。
日常で「自分で決めていない人」が、
いきなりゴール前だけ「自分で決める」なんて、ほぼ不可能です。
・今日の勉強をやるかどうか
・誰とどこで時間を過ごすか
・SNSをダラダラ見るのか、身体を動かすのか
・嫌だけど大事なことを後回しにするのか、今やるのか
こういう 小さな選択を全部「なんとなく」で流していると、
いざという場面で「自分で決める筋肉」が働かない。
だから私は、
「シュートが怖いです」という相談を受けたとき、
必ず「普段、どれくらい自分で決めている?」と聞きたくなります。
シュートの勇気は、
ゴール前だけで育つものじゃない。
日常の自己決定の積み重ねが、ゴール前での「打つ」という選択を支える。
「失敗しない人」じゃなくて、「失敗できる人」になれ
日本では、失敗に対する空気が重い。
「ミスしたら怒られる」「人に迷惑をかけてはいけない」。
でもね、成長の本質は逆です。
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失敗しない → 変わらない
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失敗する → 痛い → 何とかしようとする → 変わる
失敗できることが、成長の条件です。
「自分のミスで負けたら…」
その恐怖はよく分かる。
でも、その経験を本気で受け止めて、
「じゃあ、次はどうするか」を考えた人間は、一気に強くなる。
今失敗してもいい。
大事なのは、
「この失敗を、次に生かす前提で生きているかどうか」
そこだけです。
「どう見られるか」より「どうありたいか」
ここで、もう一度整理したいことがあります。
あなたが、これから本気で大事にしてほしいのは、
「人にどう見られるか」ではなく、
「自分がどうありたいか」 です。
・シュートを外しても、もう一回堂々とゴール前に顔を出すFWでいたいのか
・自分のミスから失点しても、最後の最後まで味方を鼓舞する選手でいたいのか
・失敗を理由にプレーを小さくする人間で終わるのか
・失敗を材料に、「さらに大きくなる人間」でいたいのか
これは、才能の話ではありません。
“決意”と“習慣”の話です。
まずは「小さな自己決定」から始めよう
いきなり「決定機でビビらず打て」と言っても、人は急には変われません。
だからこそ、日常から始めてほしい。
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今日の自主練、やるかやらないかを「自分で決める」
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何時に寝るのかを「自分で決める」
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「なんとなく」ではなく、「こうありたいから、こうする」と決める
この小さな自己決定の積み重ねが、
「ここは自分が打つ」と言える自分を作っていく。
いつでも相談してほしい。それでも決めるのは、あなた自身だ
コーチとして、コーチングのプロとして、
私はあなたの「迷い」には、何度でも付き合います。
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怖いときには一緒に怖がる
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苦しいときには、言葉を探す手伝いをする
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どうしても決められないときには、整理するサポートをする
いつでも相談していい。
それは、心からそう思っています。
でも、最後に決めるのは、いつもあなた自身です。
「外したらどうしよう」と考えてシュートを打たない人生を選ぶのか。
「外すかもしれないけど、今は打ちたい」と、自分で決める人生を選ぶのか。
サッカーも、人生も、
本質は「答え合わせ」ではなく 「答えづくり」 です。
人の正解の中で安全に生きるのか。
自分の正解をつくり続ける生き方を選ぶのか。
もし後者を選ぶなら
外してもいい。
その代わり、一度は本気で打ちにいこう。
その一歩を踏み出したいと思ったときは、
また話しましょう。
何回でも付き合います。
でも、ピッチに立って最後に足を振るのは、
いつだって、あなた自身です。