
ジュニアの試合を見ていると、だいたいいつも同じ顔ぶれがピッチに立っています。
足が速くて、フィジカルが強くて、キック力がある子たち。
監督やコーチの立場からすると、その子たちを中心に試合を組み立てるのは、ある意味「合理的」です。勝つ確率が一番上がるから。
でも、その構造の裏側で、静かにサッカーから離れていく子どもたちがいることを、どれくらい意識できているでしょうか。
公園では「一番うまかった」あの子が、試合には出られなかった
私自身、子どもの頃を思い出すと、公園で一緒にボールを蹴ると「この子が一番うまいな」と感じる友達がいました。
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ボールを簡単に失わない
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味方をよく見てポジションを取れる
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無理をせず、でも効いているプレーを選べる
でもその子は、チームではほとんど試合に出られなかった。
理由は「コーチや監督の目に入らないから」シンプルです。
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足が特別速いわけではない
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キックがやたら強いわけでもない
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派手なドリブルで抜き去るタイプでもない
つまり、「目立たない」。
そのうち、その子はチームを去りました。
当時の私は、正直そこまで深く考えていませんでした。
「そういうこともあるよな」
「試合に出られないと、つまらなくてやめちゃうよな」
その程度にしか、受け止めていなかったと思います。
コーチになって初めて、この「違和感」が本当の問題に見えてきた
大人になり、サッカーコーチという立場で子どもたちと向き合うようになってから、この記憶が何度も頭に浮かぶようになりました。
長くサッカーを続けて、
うまい選手をたくさん見て、
一緒にプレーして、
ときには対峙して。
その中で、はっきり分かってくることがあります。
サッカーが“本当にうまい”っていうのは、見栄えじゃない。
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ポジショニング
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タイミング
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間合いの管理
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チーム全体の流れを読む感覚
そういうものって、
一瞬見ただけの「目立つシーン」からは、なかなか伝わらないんですよね。
コーチとして経験を積めば積むほど、
あのとき公園で一番うまかった友達のことを思い出してしまう。
「ああいう子を、いまの自分なら絶対に手放さない」
そんな感覚が、年々強くなっています。
だからこそ、この違和感を「そういうもんだよね」で終わらせたくない。
構造として、ちゃんと言葉にしておきたいなと思うようになりました。
「最初に勝った子」だけが育てられていく構造
最近、こんな研究を読みました。
フランスの経済学者・Meyer氏らの論文で、ざっくりいうとこんな内容です。
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組織は「最初に結果を出した人」に投資する
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その結果、「偶然の勝ち」が「実力による正当な成果」に見えてしまう
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一度できた序列は、その後の努力では逆転しづらく、むしろ固定化されていく
これを読んで、真っ先に思い浮かんだのが、ジュニアサッカーの世界でした。
ジュニアの現場では、だいたいこんな流れが起こります。
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早熟でフィジカルの強い子が「最初に活躍する」
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その子が、さらに目立つポジション・チームに抜擢される
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評価された子は、より良い指導・環境・経験を積んでいく
一方で、公園では一番うまいのに
試合では目立たない子、
まだ身体ができていない子、
たまたまチャンスの日にミスが重なった子は
「使いにくい」
「インパクトがない」
「うまいんだけどねえ…」
そんな一言で、
序列の外側に追いやられてしまうことも少なくありません。
ここには、実力の差というより、「最初の運」と「見えやすさ」の差があります。
努力しても届かない子が生まれる理由
やっかいなのは、ここからです。
一度「選ばれた側」に入った子は、環境に恵まれます。
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出場時間が長い
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コーチから声をかけられる機会が多い
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自信がつきやすく、モチベーションを維持しやすい
だから、同じ「努力」をしていても、その努力が形になる確率が高い。
逆に、選ばれなかった側にいる子はどうなるか。
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試合に出られない
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自分の良さを出すチャンスが少ない
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周囲からの期待値も下がる
努力していないわけではない。
むしろ、悔しさをバネに一生懸命頑張っている子もたくさんいます。
それでも、努力が表に出る機会そのものが少ない。
結果として、同じ努力量でも「成果に差が出てしまう」構造になっている。
私が公園で一番うまいと思っていたあの子も、
もしかしたらそうやって、
努力が報われるルートから静かに外されていった一人なのかもしれません。
「目に見えないうまさ」を、どう守るのか
育成年代の子どもたちは、みんなまだ「途中の存在」です。
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いまは足が遅くても、数年後に一気に伸びる子
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小学生では目立たないけど、中学以降で一気に開花する子
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勝敗よりも、味方を生かすことを楽しむタイプの子
そういう「将来のうまさ」を、
いまの見栄えだけで評価していないか?
「最初に勝った子だけが、育てられていく構造」の中で、
これから伸びていくはずの子たちを、
私たち大人は見落としてはいないか?
コーチである自分自身、常に突きつけられている問いです。
この話を、もう少し深く「構造」のレベルで整理してみました
ここまで書いたような違和感や経験を、
一度ちゃんと「構造」と「データ」の話に落とし込んでみたいと思い、
noteで1本の記事にまとめました。
タイトルは、
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Meyer氏らの研究が示す「運と実力の関係」
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ジュニアサッカーで起きている「抜擢と放置」のメカニズム
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なぜ「努力しても届かない子」が生まれてしまうのか
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コーチや親が、どこからその流れを変えていけるのか
こういったことを、もう少し丁寧に言語化しています。
もしあなたが、
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子どものサッカーに関わっているコーチや保護者で
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「このままでいいのかな?」という違和感を少しでも持っていて
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試合に出られない子や、目立たないけど“うまい”子のことが気になっている
そんな方であれば、きっと何か感じるものがあると思います。
公園で一番うまかったあの子のような選手が、
静かにサッカーから離れていかないように。
そして、「まだ途中にいるだけ」の子どもたちが、
途中のまま切り捨てられてしまわないように。
よかったら、続きをnoteで読んでみてください。