大人になってから学ぶサッカーの本質とは

サッカーの本質を追求するWebマガジン 考えるよりも感じることを大切に 美しさとは何かを感じる心を大切に 大切なものを失わない為に書き綴る                    ※当ブログはプロモーションが含まれています

子どもに良い指導をするための、大人の余白

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すべては、授業でやってみたい!これを授業にしたい!とあなた自身が思うところから始まります。

子どもは本当に大人のことをよく見て、感じています。大人が「つまらないなぁ」と思ってやる授業は、彼らだってつまらないのです。逆に大人が楽しくてしょうがないものは、子どもにも必ず伝わります。
公立小学校勤務時代に、子どもたちと同僚からも「山内先生っていつも何か楽しそうだよね」とよく言われました。実際、僕は毎日が楽しかったのです。

僕は、学習指導要領における拘束感をあまり感じたことがありません。
「これやってみたいな」と思って考えた授業を、学習指導要領に照らし合わせて確認するという使い方をしていました。

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U-8はこの指導マニュアルに沿って、U-10はこの流れで…、と指導の大枠は決まっているところが多いわけですが、そのマニュアル(学習指導要領)を踏まえた上で、どれだけ面白く、楽しくデザインするかなのだと思います。

かっちりマニュアル通り、滞りなく完璧にやるよりも、要点や本質を抑えた上でどのように面白くできるかが重要なんだと思います。

 

子供にサッカーを教えていて、すごく大事だなと思うことがあります。

それは指導者自身が、こんなトレーニングをやってみたい、こんな指導がしたいと思うことです。

もちろん、ただの指導者のエゴになってはいけません。

子供たち一人ひとりの顔やプレーを思い浮かべながら、こんなトレーニングにすれば彼と彼はもっと”らしさ”を引き出せるかもしれない。とか、

こういうトレーニング設計にすれば、彼らは”気づける”かもしれない。などと妄想を膨らませながらワクワクする。

 

こういう妄想はすごく大事なことだと思うんです。子供に良い指導をするためには、大人にも余白が必要だということです。少なくとも私には妄想する余白が必要です。

 

僕が気を付けているのは「子どもたちが自分で発見できると想定されるものは説明しない。自分で発見してもらう」ということです。すぐ触れて、使えたら、その方が彼らも嬉しいし、楽しいのです。子どもたちは、予想以上に自分で発見します。

 

以前、「先回りして教えてしまうことで失われてしまうもの」という記事を書きましたが、先回りして教えないというのは、余白をつくるということでもあるんですよね。教えすぎないことは、とても大切なこと。

サッカーを教えられる人って、教えるべきことを、教えるべきタイミングで教えられる人だと思うんです。 子どもに上手くなってほしい、上手くさせたいという気持ちはとても伝わるのですが、先回りして教えてしまうこと、1から10まで教えてしまうことで大切なものを失っていることに気がつかないコーチをたくさんみてきました。 教えすぎると、なにを失うのでしょうか。 それは、好奇心と自発性です。 先回りして教えてしまうと、教わる側が自分で発見する喜び、成長する喜びを失ってしまいます。 成長のタイミングも成長の仕方も人はそれぞれ異なります。 だからこそ難しく、面白いんです。 教えるのが上手い人は、決して教えすぎません。

先回りして教えることで失われてしまうもの - 大人になってから学ぶサッカーの本質とは

 

サッカーには余白が大切である

監督やコーチは簡単な概念だけを提示して、あとは選手に任せてしまう。ルールや規則でしばりつけると、工夫しなくなってしまうからです。ちょっと上手くいかないときに、さらっと手本を示したり、助言をする。答えをすべて示すようなことはしません。ドリルを一から十まで指図したら、この国の子どもたちは退屈してしまうでしょう。 アルゼンチンの社会は考えてみたら余白だらけでした。日本のような24時間ストアはなく、電車やバスはすぐ遅れる。試合の時間もころころ変わる。そんな中で暮らしていると、様々な事態を想定して動く癖が勝手に身につくのです。

サッカーの育成にはもっと余白が必要。子どもたちに余白がなさすぎる問題 - 大人になってから学ぶサッカーの本質とは