マウリツィオ・サッリ。
昨シーズン、チェルシーでヨーロッパリーグ制覇し、今期(2019~シーズン)からセリエAで史上初の連続8冠を成し遂げたユベントスで指揮をとることになったイタリア人監督である。
以前マンチェスターシティのペップ・グアルディオラが、「世界最高の監督の1人」と発言した事でも話題になったイタリア人である。
情熱を持ち続けるということ
晴れてイタリアNO1クラブで監督を務める事となったサッリだが、キャリアのスタート時にはトップオブトップの監督にまで上り詰めるなどとは誰も思いもしなかっただろう。
彼は、イタリアの大学で経済学と統計学を学んだ後、地元の大手銀行に就職、その間もサッカーへの情熱は持ち続け、アマチュアコーチのライセンスを取得すると、31歳になった時、仕事と両立しながら地元の9部リーグのクラブで監督を始める。
夕方まで銀行で働き、そして仕事が終わると監督の仕事をするという生活を続けながら、率いたクラブを毎年のように昇格させるなど、際立った結果を残し、地元で注目を集めるようになった。
そして40歳の時に銀行を退職し、当時率いていた6部リーグのクラブの監督業に専念するというとても大きな決断を下す。
すると翌年から、率いたチームを5部、さらに4部へと2年連続で昇格させ、キャリア12年目にしてついにプロの監督となったのだ。
しかし、それからプロの世界に本格デビューしてからというもの、彼のキャリアは順風満帆ではなかった。
1年目に率いたクラブを4部から3部に昇格させ、2005年にセリエBのペスカーラにステップアップしたところまでは順調だったのだがしかし、その後の7年間は、セリエBとセリエCで計8つのクラブを率いたが、その多くは途中就任や途中解任などに留まっている。目立った成績は残せなかったのだ。
しかしそんな彼に転機が訪れた。
12−13シーズンにセリエBのエンポリを率いることになると、就任1年目は開幕からの9試合で7敗という最悪の結果で最下位に低迷してしまう。
しかし、そこで幸運にもクラブが監督に時間を与える決断を下す。
するとそこから徐々にチームのパフォーマンスが上がっていく。
最終的に4位でシーズンを終え、その後チームに戦術が浸透した2年目にはセリエB
2位となってセリエA昇格を果たすこととなったのだ。
銀行退職から15年目の55歳にして、彼にとって初めての大舞台であるセリエAで戦う事となる。
そして14−15シーズンには、降格候補に挙げられながらも、周りの予想を覆し、残留を果たしたのだ。
サッリがイタリアで大きな注目を浴びたのはこの時が最初だった。
そして15年の夏、ナポリのラファエル・ベニテスが退任した後、多くの有名監督に声をかけたが断られ困っていたナポリが、苦渋の決断としてサッリに声を掛けたことが彼にとっても、クラブにとっても素晴らしいものとなる。
ナポリでの3年間のキャリアはこのように偶然始まった。
そして、ナポリでの3年間で、カルチョのイメージを覆し、観る者を魅了する美しいサッカーを披露し、資金面で大きくユベントスに劣りながらもイタリア王者を苦しめるチームにまで成長させた。
その功績が認められ、プレミアリーグのチェルシーへと活躍の場を移す。
そして、チェルシーではリーグ優勝とはならなかったものの、ヨーロッパリーグ優勝というタイトルを勝ち取った。
そんなサッリだが、意外なことに3部リーグ以上のプロクラブを率いてのタイトル獲得はほとんどなかった。
エンポリ時代には昇格はしたが2位という順位、ナポリでもリーグは2位以上の結果を残せずカップ戦でも優勝はなし。
チェルシーでリーグ制覇とはならなかったものの、ヨーロッパリーグという国際コンペティションで初のタイトルを獲得する。
そして、ナポリファンの僕としてはちょっと残念だが、彼がナポリにいた時、1番倒すことに情熱を注いだ因縁の相手、ユベントスに仕事の場を移すことになる。
彼は情熱があればなんだってできることを証明し、挑戦することに年齢なんて関係ないことを教えてくれた。
そんなサッリがユベントスをどのようなチームに変えていくのか個人的にはすごく楽しみである。
イタリア人では珍しい、美しく、攻撃的なサッカーを展開させる
ユベントス指揮官に決まったサッリ。彼のサッカーは形になるまで時間がかかると言われますが、ナポリ時代のこの美しいサッカーを体現するまでも時間を要しました。チェルシーでは批判も浴びてましたが、イギリスサッカーのスタイルも考慮してのモデル作りだったんだと思います pic.twitter.com/BB0wTquVD6
— Jun Takada / 高田 純 (@ney10jun) June 18, 2019
サッリ ナポリ
サッリボール には時間が必要
— inamo (@inamo18) May 24, 2019
来シーズンもサッリがチェルシーに残ればこういうシーンはどんどん増えるだろう。残って欲しいな。
最後の崩しのアザールはエグいね
切り込むタイミング、リーターンパスを受ける時の動き直し、チェックの動きが素晴らしい。 pic.twitter.com/AH23IBOAwb
サッリのサッカーは美しく自由に見えて完全にオーガナイズされている。
常に選手の距離が均等に保たれており、選手が無駄に動かずポジションを守ってプレーしていることがよくわかる。
そしてボールに関わっている選手はどこを見るべきなのか、ボールに直接関わっていない選手はどのタイミングで自分がどこに行けば良いのかを熟知している。
「こうなったらこう動く」が完全にパターン化されており、チームとしてゴールに向かう。
日本ではパスをつなぐサッカーは自由なプレーから生まれるという幻想があるが、そうではないのだ。
いくつもの決まり事と、徹底したパターン化の練習からボールを保持してゴールに向かう、そのベースがあってアドリブのあるサッカーが展開される。
カオスを作って相手を混乱させることもできるが、相手にダメージを与え続けるにはオーガナイズされたカオスを意図的に作りださなくてはならないのだ。
決して行き当たりばったりではいけないし、ゴールの再現性を生むためにはチームの決まりごとは必要不可欠だ。
サッリのトレーニング法とは?
攻撃練習
サッリが監督をやっていた頃のナポリのスローインからのパターントレーニング。
— ヤマザル (@yamazaru0807) November 7, 2018
この動画では、ゴール前でのチャンスクリエイトをやっているが、個人的にはエリア1,2,3ごとにパターンを持っておいた方が良いと考えている pic.twitter.com/m5WJ0UigF2
Napoli Counter Attacking Drill from Preseason
— SoccerPulse™ (@SoccerPulseApp) July 10, 2018
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ナポリのフィニッシュに特化したサーキット練習。 ナポリの前線は小柄な選手が多いのでクロスの局面は特にオフ・ザ・ボールの動きが重要になってくる。ちなみに僕はカジェホン、ハムシク、メルテンスの3人を"オフ・ザ・ボールの神"と呼んでいます。pic.twitter.com/Ffoo72bpwD
— Imasonge (@imasonge17) December 1, 2018
守備練習
サッリの有名な話の一つに、練習にドローンを1番始めに持ち込んだと言われているものがある。
チームでの練習を上から撮影し、うまくできていない選手や、自分の言うことを疑っている選手にドローンで上から撮影した映像を見せて「君たちがフィールド上でプレーしている時に見えているものと、実際に起きている現象はこんなに差があるんだぞ。」
と自分では見えてなくても実際にはスペースがあることや、ポジショニングや動きを改善できることを選手に説明し納得させることでチームを良くすることに成功した。
そして相手なしでのボールの動かし方、ゴールへの向かい方を徹底したトレーニング。
ピッチ上で早く、正確にプレーするにはチームとしての形を定め、ピッチ上ではなるべく個々が考えなくて良い仕組みを作ることが大切になる。
選手のいる場所が決まっていれば、いちいち確認しなくてもパスを出せるし正しい場所にいれば自然とボールが来る。
考える行為は時間を奪う。
フットボールでは規律と自由のバランスがとても重要だ。
そして、最後のDFラインのトレーニング。
相手がボールを持った時の体の向き、ボールを後ろに運んだらすぐにラインを上げる、一人の選手がボールに行ったら残りの3選手は後ろでラインを揃えてカバーするところまで徹底している。
おそらく数十センチ単位でポジショニングの修正をしているのだろう。
トップレベルではほんの数十センチのポジショニング、数秒の誤差までもが命取りになる。
ここまで徹底しても勝利が約束されないのがフットボールだ。
そしてこれがフットボールの練習なのだ。
「技術がある=フットボールが上手い」ではないということ。
僕がイタリアでプレーしている時に、中田英寿選手も所属していたA,Cペルージャの練習を見たのだけど、U16世代でさえこのような練習を当たり前にこなし、そして完成度も高かった。日本の若い選手もサッカーをしっかり学ばなければならない。
サッリが指揮するユベントスは面白くなるに違いない。
彼がナポリ、チェルシーで体現したサッカーのようにきっと極上のユーベを僕たちに魅せてくれるだろう。
選手に注目するのも良いが、指揮官に注目してフットボールを楽しむのも面白いかもしれない。
これからのサッリ、ユーベに注目してみてはどうだろうか。
ライタープロフィール
佐藤 靖晟 21歳
高校卒業後イタリアに渡り1シーズン半、今年からスペインに移籍してプレー。
サッカーの本質を追求する旅はつづく…