アメリカのLAギャラクシーでプレーするズラタン・イブラヒモビッチが記念すべきキャリア500ゴール目を決めたのだが、そのシュートが凄まじかった。
これぞイブラヒモビッチというスーパーゴールをご覧いただこう。
イブラヒモビッチのキャリア通算500ゴール目がこの回し蹴りシュート。
— TIKI-TAKA Ⓜ️ESSI (@TSG_FOOT) 2018年9月16日
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そんなイブラヒモビッチの本「I AM ZLATAN ズラタン・イブラヒモビッチ自伝」をご紹介したい。
いかにして偉大なストライカーが生み出されたかが描かれている。
この本の一部を引用させていただきながらズラタン・イブラヒモビッチの秘密に迫りたい。
彼の生い立ちを知ってまず驚いたのが、イブラヒモビッチはスウェーデン人の血を引いていないということだった。ボスニア・ヘルツェゴビナ出身の父とクロアチア出身の母が移住先のスウェーデンで出会い、彼らの下に生まれたのだ。
そして、移民である彼らはとても貧しく荒廃した生活を送っていたということが克明に記されている。
そんな環境でいかにして怪物ズラタン・イブラヒモビッチが生まれたのか…
ズラタン・イブラヒモビッチのルーツ 「ストリートサッカー」
ローゼンゴード(移民の多い地区)には多くの集合住宅があった。
その周辺にはサッカーコートがいくつかあったよ。どこも似たり寄ったりだったが、俺たちが、“ジプシーコート”って呼んでいたところはちょっと荒れ果てていたな。同じ国の出身者同士が集まっていたわけじゃない。アルバニア人のコート、トルコ人のコートって分かれていたわけじゃなかった。親がどこの国出身かなんてことは関係ない。ただ、自分が行きたいところを“俺のコート”にしていた。
俺はそこで毎日ボールを蹴って遊んでいたよ。
【参考書籍】I AM ZLATAN ズラタン・イブラヒモビッチ自伝
大事なのは誰よりもすごいプレーを披露すること
俺はチビだったから仲間に入れてもらえないこともあった。そんなときはマジでむかついたぜ。外されるのも嫌だったが、試合で負けるのも大嫌いだった。だが、俺にとっていちばん大事なことは勝つことじゃない。自分がゴールを決めることであり、美しいプレーを見せつけることだった。「おい、あいつのプレー見たか?」。新たに生み出したトリッキーなプレーで仲間を驚かすことが、何より大事だった。誰よりもすごいパフォーマンスを披露するために練習に練習を重ねる。
コーチに教わったことが出来るようになること、そうすると褒めてもらえる。それがモチベーションになり、更に頑張る。そういうレベルでは、なにも新しいものを生み出すことはできない。子供はいままで誰も考えたこともないようなオリジナルのプレーを想像することに情熱を傾ける。イブラヒモビッチのこのエピソードはそれを示している。
遊びの本質は、新しいプレーを創造すること
メシの時間がくると母親たちが窓から叫ぶのさ。「何時だと思ってるの。夕ごはんだからさっさと帰ってきなさい!」。俺たちは口先で応えながらプレーを続ける。外は暗闇と化し、ときには雨が降り出したが、それでもボールを蹴り続けた。俺たちはまるで疲れ知らずだった。
遊びの本質は想像を実現するためのプロセスだ。だからこそ時間を忘れて楽しむことができる。やらされたら終わりだ。自分がやりたいからやる気持ちがすべてのはじまりなのだ。
想像し創造すること
サッカーコートは本当に小さかった。だから瞬時に周りの動きを見極め、超スピードで足を動かさないといけなかった。さらには俺はチビでやせっぽちだったから、いつも激しいタックルを受けていたよ。ケガしないで帰るためには工夫が必要だった。常に新しい技を生み出さないとマジでやられちまうんだよ。俺のミラクルな技で周りのヤツらを「すげえ!」って唸らせることが何より楽しかったね。寝る時はいつもボールと一緒さ。どうやったらすごいプレーができるか、イメージしながら寝るんだ。目を閉じて、翌日の試合のシーンを思い描く。そしていつの間にか眠りについていた。
【参考書籍】I AM ZLATAN ズラタン・イブラヒモビッチ自伝
教わることなどクソ食らえだ
私の勝手な想像だけれども、イブラヒモビッチは「教わることなどクソ食らえだ」 と思っているのではないだろうか。本当に大事なのはプレーを想像しクリエイトすることで、それを実現するために練習に練習を重ねる。そしてそれは誰にも思いつかなかったオリジナルのプレーでなければならない。それこそが最も重要であると、イブラヒモビッチの言葉から私が感じたことである。
常識とは別次元で生み出されるもの
常識とは別次元のものが遊び場では生み出される。身体で感じて、自分の感覚と対話しながら表現していく。誰かに強制されることも矯正されることもない。ルールも自分たちで決めていい。そんな環境の下に育まれた個性がイブラヒモビッチなのだ。既存のルールや考え方は必ずしも正しいものではないということを彼は感じ、自分の想いをプレーで表現し続けている。自分の信念に忠実に生き続けているのだ。決して常識にとらわれない。
どのようにイブラヒモビッチがスター選手にまで上り詰めたのかが赤裸々に綴られているこの本は、とても興味深く読み応えがある。サッカーに関わる人すべての参考になる一冊だ。
遊び場は想像の起点
私が危惧しているのは日本の子どもたちの遊び場が少なくなっている現状だ。大人がそれに対して危機感を持たなければならない思う。文化は教育によって育まれるものではなく、遊び場から育まれるものだ。想像し創造する場所をもっと作る必要がある。リスクを回避するためにあらゆることを制御することよりも、大事なのは寛容になるこだと私は感じている。
遊びの本質は、新しいプレーを創造すること
これの原点はきっと遊び場なのだ。
サッカーの本質を追求する旅はつづく…
>>イブラヒモビッチが語るサッカーの見方 〜サッカーは感情的なゲームであるが、冷静でなくてはならない〜