ネイマールをみて感じるのは、サッカーは誰にも教えることはできないということだ。
ネイマールのプレーは教科書にないのである。
教科書を見ないで子供をみよ
サッカーを教えるのに教科書は不要である。
教科書は子供だ。教科書をみてどんな練習をするか決めるのではなく、子供をみてどんな練習をするか決めなければならない。それができない人間にサッカーを教える資格はない。簡単じゃない。様々な個性のある子供たちを育むのはとても大変なことだ。
大切なのは子供を見ることだ。
最初は間違っても失敗しても構わずプレーさせよ
空想の中でボールを蹴って遊ぶ子供たちは失敗をすることはないのだ。公園でひたすらボール遊びをする時間と、コーチに怒られながらやらされる練習をするなら確実に前者の方が上手くなる。サッカーを遊ばせるということ。これなしにサッカーの本質を伝えることはできない。
子供は失敗を恐れて表現が硬くなる。怒られるのが嫌でサッカーが嫌いになる。
サッカーを一緒に遊べる大人こそが真のコーチである。
練習ではなくサッカーを楽しませること
サッカーを遊び続けていると自分から練習するようになる。
サッカーは自分の内から湧き出てくる感情や気持ちを体で、ボールで表現するものだ。
サッカーを教えるのではなく、練習させるのではなく、楽しませること。
一緒にボールを蹴って遊ぶこと。
先生が何人いても生徒の表現したいものは分からない。指示されたことしか表現しなくなるだけだ。子供たちは書くことを習う前に話し始める。 初めから規則ばかりだったら勢いを削がれてしまう。
音楽は言葉と同じように覚えた。サッカーも同じだ。
母国語を学ぶように音楽にも自然体で取り組めれば母国語のように短期間で習得できる。
そのことは音楽家のいる家庭に育った子供を見るとわかる。
音楽を教え学ぶ時のキーポイントを紹介しよう。
①最初は間違っても構わず演奏させること
空想のギターで遊んでいる子供に音を外すなんてことはないんだから
②日常的に優れた音楽家と一緒に演奏できる機会を設けること
③練習ではなく演奏を楽しませること
演奏を重ねるにつれて自分から練習するようになる。
音楽とは楽器からではなく音楽家から湧き出るものだ。
忘れてはいけない大切なことは表現したいことがあるときにこそ言葉は力を発揮するということだ。
先生が何人いても生徒の表現したいものは分からない。指示されたことしか表現しなくなるだけだ。子供たちは書くことを習う前に話し始める。
初めから規則ばかりだったら勢いを削がれてしまう。
オレに言わせれば音楽にも同じことが当てはまる。
結局のところ音楽もまた一種の言葉なんだ。
サッカーを教える最良の方法は”教えないこと”
サッカーの本質を追求する旅はつづく…
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