大人になってから学ぶサッカーの本質とは

日本にいながら外国人リーグでプレーする私の目から見るサッカーの本質とは… 元サッカー選手、元サッカーコーチ、中南米放浪サッカー経験者として好き勝手語らせて頂きやす

為末大さんの教育論ツイートが秀逸だったのでまとめてみた!教育者必読!

follow us in feedly
フットボ-ルカルテ サッカ-をする子供たちの教育と環境を考える本 vol.3(July.2010 /BIG SHOT
by カエレバ

サッカーの育成年代に携わってからというもの、サッカー以前に教育のあり方を変えないとヤバイぞ!という問題意識を持った。あれから約15年の月日が流れた。

サッカーを上手くするために…とか

プロサッカー選手を育てるために…とか

それ以前にやらなきゃいけないことはたくさんあるんです。

教える前にちゃんと好奇心と主体性を育んでますか?と言いたくなる育成年代のチームが信じられないほど多い。

少年サッカー大会に行けば、指導者たちから指示という名の罵声を浴びせ続けられる子どもたちをたくさん目にするわけです。

子どもたちよりも大人が目先の勝利に躍起になる。

結果的に子どもたちは「やりたい」という気持ちよりも、「怒られたくないからやる」という受け身マインドになっていくわけです。

日本社会の縮図じゃないか。

社会に出れば指示待ち人間を大量に目にする。

あなたの好奇心や主体性は何処へ?

そんな人間を育てるためにサッカーはありません。

こんな現状をどうにかしないといけないということで、こうしてブログで発信し続けているわけですが、先日、元陸上選手の為末大さんのツイートが目に止まりました。

 

私は為末さんの教育論に猛烈に共感したのです。

とりわけ秀逸だと思ったツイートをまとめました。

スポンサードリンク

 

為末大さんの教育論

 

教育に携わっている人間であれば、少なからず共感や学びがあったのではないでしょうか。

為末さんの言葉は教育の本質が詰まっていると思いました。

最後の「あくまで主体は選手にあり、選手が指導者を選択する側なのだということを忘れてはならない」という言葉。

指導者はこれを噛みしめなければならない、指導者が選ぶ時代は終わり、指導者が選ばれる時代になる。それと同時に選手(子ども)も指導者を見極める"目"を養う必要がある。

本当に自分にとって良い指導者は誰なのか、自分で判断することはとても大切なことだ。

 

サッカーの本質を追求する旅はつづく…

keikun028.hatenadiary.jp

心のブレーキを外す。 「限界の正体」を知り、「思い込みの檻」から抜け出す /三笠書房/為末大
by カエレバ