興国高校サッカー部の育成メソッドが非常に面白い。
本書の書評を数回に渡ってお届けしたい。
以前、本書の一部を紹介して書いた記事がこちら↓
我が恩師、風間さん、そしてストイコビッチのエピソードをピックアップしてご紹介しました。
育成年代のすべての指導者、あるいは親御さんに読んでもらいたい一冊です。
サッカーを伝える上で大切なことが記されています。
今回ご紹介させていただきたいポイントは「サッカーは人間がやるもの」という著者が本質的に大切にされている部分になります。
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サッカーは人間がやるもの
サッカーは人間がやるものであり、チームスポーツである以上、人間の部分は避けて通ることができないものです。
今は技術や戦術についての情報がたくさん入ってきて、常にアップデートされています。僕もそれを追いかけてブラッシュアップしていますが、サッカーの技術、戦術だけを教えていても、良いサッカー選手は育たない。それは自信を持って言えます。
高校年代の指導は人間教育プラス、サッカーの専門的な知識の両方が必要で、この年代を指導する人は先生であり、サッカーのコーチでもあるのが理想だと思い、そこを目指して頑張っています。
テクノロジーの発達でサッカーというゲームをよりロジカルに分析できるようになり、「戦術」の重要性が謳われるようになりました。当然、重要な要素ではありますが、フットボールのトレンドに捉われてしまってはダメなのです。
技術、戦術よりも人心掌握
近年、高校サッカー部において、監督は人心掌握、コーチが技術や戦術を教えるという分業制のチームも増えてきています。それも一つのやり方だと思うのですが、一方で難しさもあります。と言うのも、サッカーの知識のあるコーチは、自分の指導で結果が出ると、次は自分が監督としてチームを率いたいと思うからです。でも、サッカーの知識、指導力だけではうまくいきません。人心掌握の部分も絶対に必要なのです。そのバランスは大事だなと自戒を込めて思っています。
指導者も選手と同じく、適材適所です。
高校生を教えるのが上手な人、ジュニアを教えるのが上手な人、コーチを指導するのが上手な人など、一言に「指導者」と言っても様々な人がいます。
技術も戦術も教えられないけど、人心掌握が上手い先生と、
技術と戦術は教えられるけど、人心掌握ができない先生、どちらが良いでしょうか?
サッカーは人間がやるものだとするならば、前者だと私は思います。
バスケ漫画の名作「スラムダンク」の安西先生はまさに技術指導<人心掌握、の人だと思います。湘北高校バスケ部は選手の主体性と安西先生の人心掌握によって成長したチームだと思います。
育成年代において、私が一番問題に感じているのは、指導者といわれる立場の人に後者が圧倒的に多いことです。
もっとも大切なことは、選手の好奇心を刺激し、主体的に学ぶように仕向けることです。
指導者にも適材適所は当然あるということです。そして完璧である必要はありません。
自分の強みを最大化させるのは選手だけでなく指導者も同様です。
技術、戦術を教えることが難しければ、得意な人間に任せればいいのです。そして学べば良い。
何より忘れてはならないのは、サッカーを上手くさせることよりもまずはひとりの人間として大切な心を育むことを大切にしなければなりません。
指導者は学ぶことをやめてはいけません。
我々大人が好奇心を失い、主体性を失えば、当然子供達の成長も止まるのです。
サッカーの本質を追求する旅はつづく…
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