大人になってから学ぶサッカーの本質とは

日本にいながら外国人リーグでプレーする私の目から見るサッカーの本質とは… 元サッカー選手、元サッカーコーチ、中南米放浪サッカー経験者として好き勝手語らせて頂きやす

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サッカー選手の知性とは? 〜頭のいい選手、悪い選手〜

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元日本代表監督のイビチャ・オシムさんのインタビュー記事の一部をご紹介させていただきます。

私の尊敬する指導者の一人であり、日本のサッカー文化を育んでいくためのたくさんのヒントを与えてくれた偉大な方です。

今回は、“サッカー選手の知性とは?”というテーマになります。

 

【参考書籍↓】

 

サッカーにおける知性、インテリジェンスとは?

「頭のいい選手、悪い選手」をテーマにサッカー選手のインテリジェンスの重要性を掘り下げるとき、サッカー選手の知性はどういうふうに定義されますか?

 

「確かに私はサッカーにおけるインテリジェンスをよく口にしているが、それを説明しろというのは難しい。いいサッカー選手はまるでいい料理人のように、まるでいい職人のように、そしてまるでいい将軍のように、どのような状態においても答えを導き出すことが出来る。インテリジェンスとはそういうものだ。つまり、知性とは何の仕事においても共通する普遍性があるもの。サッカー選手はどの状況においてもその場で問題の対策を見つけて解決しなければならない。」

 

「サッカーの場合、ピッチ上では経験したこともなく、予想もできなかった事態がよく起こる。そんなときにイノベーションを持って、すぐに反応することが大事だが、それは容易なことではない。」

 

「問題が起こったときにどう考えるのか。人はよく経験主義に陥りやすいが、それはまた先入観になってしまうこともある。いろいろな意味で広い教養や知識を持つことは重要だが、だからといって大学の教授になる必要はない。言えるのはやはり広く俯瞰した目を持つことだ。インテリジェンスを多く持つサッカー選手はチームメイトが局面ごとにどういう問題を抱えているかを把握できている。前線で、サイドで、ゴール前で、どんな問題が起こりそうか、あるいは起こっているのか。そして、そういった問題を他人とは違う方法で早く解決できるプレイヤーをインテリジェンスがあると呼べる。そこにはセオリーというよりもオリジナリティがある

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サッカーはセオリーよりもオリジナリティ

今の日本サッカーの現状といえば、オリジナリティよりもセオリーばかりが先行している。残念なことに育成年代から思い切りオリジナリティよりもセオリーが重視されている。いや、サッカーだけではなく日本社会全体の話なのかもしれない。いや、きっとそうなのだと思います。だからこそ、サッカーを通じてオリジナリティを育んでいかなければならないのだと思います。サッカーを通じて好奇心を刺激し、主体性を育むこと、そしてオリジナリティを大切にすることで独自の表現が生まれ、異なる個性同士で即興を奏でている面白く美しいサッカーが表現できるようになるのです。

 

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 サッカーは人生そのもの、リスクを冒す才能を持っていない人は成功しない

「まあ、そもそもが、人生というものが一つの問題提起ではないか。誰かはこういうふうに人生の問題を解決した。しかし、他の人は別のやり方で解決する。人よりも速かったり、エレガントだったりする。それと同じでサッカーも答えは一つではない。もっとも答えを出すまでにいかないこともあるが。サッカーにおいては非インテリジェンス、エゴイスト的な選手はとても分かりやすい。リスクを冒す才能を持っていない選手も分かりやすい。言うまでもなく、リスクを冒す心の準備を持っていない人は成功しない」

リスクを冒す才能は我々日本人に特に欠けているのかもしれない。

社会に出て、多くの大人と触れ合ってそれがよくわかった。ほとんどの人はリスクを冒す才能、勇気、メンタリティを有していないと感じるし、これは日本人の国民性、日本文化とも密接に関わっているように思う。

サッカーにおいてはリスクを冒す才能、いやメンタリティは持っておかねばならない。

クリエイティブであるために…

 

オシムの言葉増補改訂版

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 サッカーの本質を追求する旅はつづく…

keikun028.hatenadiary.jp