大人になってから学ぶサッカーの本質とは

日本にいながら外国人リーグでプレーする私の目から見るサッカーの本質とは… 元サッカー選手、元サッカーコーチ、中南米放浪サッカー経験者として好き勝手語らせて頂きやす

スポンサードリンク

 

サッカーをセンス良く伝えるために読んでおきたい記事3選(vol.5)

follow us in feedly

 

 今回ご紹介させていただく3つの記事は、テーマはそれぞれ異なりますが、サッカーに関わる上で、とても大切なことが綴られています。

とりわけ育成年代の指導に関わる方はグッとくる内容になるでしょう。

 

f:id:keikun028:20170629001451j:plain

 Photo by Kenji onose

「2人でプロになろうと話していたけど、妹は死んでしまって、なれなかった。その分、オレが頑張らなきゃと思って、この半年間、腐らずにやってきた」

 

中学時代は、アルゼンチン人指導者が率いるエスペランサのジュニアユースでサッカーを習った。アルゼンチン研修も3度参加。プロになるための競争とは何かを肌で感じた。

オルテガ監督からは、何度も繰り返して「とにかく諦めなければ勝てるんだ」と言われてきた。 

三田野は、言う。

「真剣にプロを目指している。(試合に出られないときも)ここで諦めていたら、プロにはなれない。

今は耐えるときだと言い聞かせて、頑張っていた。(エスペランサは)諦めた顔をしたら試合から外される、球際で怯えたら外される、勝ちにこだわるチーム。今は(佐藤)監督から『お前が頑張らなければ、チームの士気が下がる』と言われて、自分の気持ちを仲間に伝え、チームを盛り上げてやっていけたらと思っている」 

三田野は、試合を終えると、純さんの遺骨の一部が入っているというネックレスを身につけ、会場を後にした。得点は、わずかなチャンスにかけた一撃だった。インターハイで活躍し、プロへの道を切り拓く――。2人分の夢を追う兄は、まだ諦めていない。

the-ans.jp

 

あそびから得るもの

先日、とある運動指導(という言い方は烏滸がましいのだが)のクラスが終わった後の出来事。

最初は課題として出していたバランスボールを使ってバランス系の種目を練習していた小学生たち。ある瞬間からそれは別のあそびに変わりました。

自分の体ほどのバランスボールを両手で抱えて互いにぶつかりあう。

ただこれだけのあそびでしたが、それはそれは楽しそうにやっておりました。

ぶつかってはどちらかまたは両方とも弾かれ、転び、また立ち上がりぶつかり合う。

たまにボールが飛ばされて取りに行った隙に後ろからボールを当てられる。

 

実はこの日の運動のテーマは方向転換と体幹(←この言葉あまり使いたくないですが)。 でもその後のバランスボールでのあそびを見ていると、そこにはいろんな要素が入っていました。

ぶつかった時にオフバランスになるのを耐える

倒れないように踏ん張る 重心を低くする

相手にフェイントをかける

そのフェイントに対応する

どの方向からボールまたは人が来るか見渡す(感じる)

投げる、捕る、蹴る

真面目に方向転換だの体幹だのプログラムを考えなくても本来はこうしたあそびで十分なのです。知らぬうちにいろんな運動体験できています。

大事なのは楽しいこと&夢中になること&そして自分たちで勝手に始めること。

たった15分のあそびでしたが運動量は大元の1時間よりもあったような?

特に子どもに対してはスポーツ科学的根拠に基づいた運動プログラムなんて必要ないのではないかと最近つくづく思います。

適当にあそばせて、あそび足りないぐらいで帰す。続きはまた明日。

その繰り返しでいいのです。我々の仕事はその環境を整え、見守ること。(あとは保護者の理解を得るべく納得いただける説明を用意すること) また一つ子どもから学びました。

yoshibeperformancelab.blogspot.jp

 

自分はいま、選手たちが耳を傾けたいと思う存在でいられてるんだろうか。

昨日は、8歳、9歳、10歳の子たちの練習試合へ。

初めて見た彼らの対外試合でした。 

心のおもむくまま思いっきりプレーして、ゴールが決まったらみんなで大喜びして、ボールが顔に当たったら泣いちゃったりして。

 雄大な山が見渡せるグラウンドにはたくさんの「 感情 」が渦巻いていました。

 特に、10歳チームの試合。子供らしいやんちゃ精神を持ち合わせた、技術的にもやれる子たちの多いこのチームは同じチームと3試合をやって、見事に全敗。 

しかもすべての試合を通して、先制点を取られてはイライラして、そこから味方のミスに対しての文句オンパレードで自滅していくというパターンでした。 

その姿を見ながら、昔の自分を思い出していました。

----中略----

自分は今、選手たちが耳を傾けたいと思う存在でいられてるんだろうか。

選手たちの意思を無視して力ずくで納得させようとしてないだろうか。 

まぁ、きっと、一生続く自問自答なんだとは思いますが。   

10歳チームの子たちが、イライラして、爆発して、自滅していったこと。

そのこと自体はもちろんポジティブなものではないけども、

反面それだけの高いエネルギーが湧き出してるってことだから、それに対して簡単に蓋をしにはいかずに、一線を越えるギリギリまでか、ちょっと越えるまでは解放させておきたいです。 

そこで初めて「 自分の際 」 を感じられるんだろうから。 

で、たぶんそれが 「 己を知る 」 ってことに繋がっているんじゃないかなぁ。 

暴れちゃおうぜ、キッズたち。

tetsufootball.hatenadiary.jp

 

サッカーの本質を追求する旅はつづく…