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大人になってから学ぶサッカーの本質とは

日本にいながら外国人リーグでプレーする私の目から見るサッカーの本質とは… 元サッカー選手、元サッカーコーチ、中南米放浪サッカー経験者として好き勝手語らせて頂きやす

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「もっとも重要なことは学校では学べない」という真理

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風呂に浸かりながら長時間読書をする習慣を持つ私は、必ずKindleと本を数冊持ち込んで入っている。

今回は熱心に読んでいるものの中から一つ、村上春樹氏の「走ることについて語るときに僕の語ること」という本の一節をご紹介したい。

 

やりたいことがやりたいようにできたとき本領は発揮される

僕はもともと、長距離を走ることが嫌いではない。学校の体育の時間は好きになれなかったし、運動会みたいなものにはつくづくうんざりさせられた。しかしそれは上から「さあ、やれ」と強要された運動だったからだ。自分のやりたくないことを、自分のやりたくないときにやらされることに、昔から我慢できない。そのかわり自分がやりたいことを自分がやりたいときに、自分がやりたいようにやらせてもらえたら、人並み以上に一生懸命やる。

 

勉学についてもだいたいそれと同じことが言えた。小学生から大学にいたるまで、ごく一部を例外として、学校で強制的にやらされる勉強に、おおよそ興味が持てなかった。

これはやらなくてはならないことなんだからと自分に言い聞かせて、ある程度のことはやってなんとか大学にまで進んだけれど、勉学を面白いと思ったことはほとんど一度もなかった。僕が勉強することに興味を覚えるようになったのは、所定の教育システムをなんとかやり過ごしたあと、いわゆる「社会人」になってからである。自分が興味を持つ領域のものごとを、自分に合ったペースで、自分の好きな方法で追求していくと、知識や技術がきわめて効率よく身につくのだということがわかった

好奇心を持てないかぎり主体的にはなれない

好奇心がもてないから「嫌々やらなければならない」結果になってしまうのだと思うのです。大事なのは主体性を持たせることであり、主体的な行動の原動力は好奇心であり、興味なのではないかと思います。

「もっとも重要なことは学校では学べない」村上春樹氏は本書の中で記しているのだけれど、もっとも重要なことはなんであるのか明記はしていない。

もっとも重要なこととはなんだろうか?

私はきっと、重要なことは「主体的に生きる姿勢」だったり、そのための「好奇心を刺激すること」なのだと思うのです。

つまり、学校でこれらのことが学べないわけです。

いつも上から強制的にやらなければならないことが降ってくるだけ。。。

そのように感じている人がきっと多い。

主体的に、好奇心旺盛な子供はなんでも前向きに楽しめると思うのだけれど、それができない子の方が圧倒的に多いんじゃないだろうか。

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でも、多くの大人はその本質まで考えない。

「なぜ、あの子はいつも嫌々なんだろう。」「なぜ、あの子は勉強が嫌いなんだろう」

それはその子の素質ではないんですよ。その子に興味がないんです。それに対する好奇心がないんです。興味を持たせる工夫をしなければならないです。好奇心をくすぐるような仕掛けを考えなければならないわけです。それでもダメなら、それをやるタイミングじゃないのかもしれません。

「もっとも重要なことは学校では学べない」

強制や矯正が跋扈する環境で学べることなどないということなのかもしれない。

サッカーも同じである。サッカーを楽しませる環境を、それはつまり主体的に自分を表現する環境にしていかなければならない。

サッカーを習い事にしたら終わりなのです。

やらされた瞬間にそれはサッカーではなくなってしまう。

 

サッカーの本質を追求する旅はつづく…