大人になってから学ぶサッカーの本質とは

日本にいながら外国人リーグでプレーする私の目から見るサッカーの本質とは… 元サッカー選手、元サッカーコーチ、中南米放浪サッカー経験者として好き勝手語らせて頂きやす

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感じる心は個性を表現することなしに育たない 〜知性と感性を育てるということ〜

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 考えることよりも感じることを養うこと

私は子供が好きだ。純粋であるがままの自分を表現する子供たちが好きだ。

しかし、そんな子供たちも社会のルールや仕組みを学び、そんな社会の中で生きていかねばならないと教え込まれる。自分よりも他人を尊重すること、個性よりも組織が大事なんだということを教え込まれる。純粋な子供も個性を殺して、感情を殺して生きていくほうが賢いのだと気づく。

しかし、私は疑問なのである。いまある社会のルールや仕組みというのは正しいものなのだろうかと。きっと少なくない数の人間はこの社会で生きていくことに息苦しさを感じているはずだ。私は必ずしもそんな社会に適応する必要はないと考えている。社会、世間一般と呼ばれるものは、ルールや常識を重んじ、自分よりも他人を大事にすることを良しとする。

でも、本当は自分のために生きることができた時にこそ他人を大切にできるのではないかと最近強く感じるようになった。

「他人のために生きることこそが大事だ」などと諭すように語られると、嘘くさい。と思ってしまう。善意の押しつけは暴力に近い。

私はもっと多様な在り方が尊重されたほうが良いと思っている。

価値観を押しつけないでくれ!と思うし、そういう教育をするな!と思う。

 

個性や感性を殺さなければ生きにくい社会なんてどこか狂っている。

子供たちのサッカーを観ていても思うことがたくさんある。

大人は子供にサッカーはこういうものなんだよと、自分の価値観と世間一般のサッカー観を教えようとする。こうやらねばならない。と

 

個性よりも組織。チームの勝利のために子供の個性をないがしろにしている光景をなんども目の当たりにしてきた。

 

本当に大切にしなければならないのは感じる心なのである。感じる心は個性を表現することなしに育たないのである。

サッカーは多様な個が創造していくものだ。ピッチに立つ人間がサッカーをつくっていく。本質を見誤ってはダメなのである。感性を養わなければならないのである。

 

多くの人に読んでもらいたい本をご紹介する

 

この本は人間の本質が描かれており、人間が何より大切にしなければならいことが描かれている。

素敵なレビューがあったのでそちらを読んでいただこう。

 

「知的成長よりも、感情的・情緒的な成長の方が、実は人間にとって大切なことである」

チャーリィが知性を獲得すればするほど、愛情の不足を感じ、孤独感を募らせていくのは人生の皮肉かつ真理である。 いかに賢くなろうが、情感が伴わなければ人間は不幸せである。 現実の世界においても、飛び級をして大学に入学した早熟の天才がぶつかる問題は情操教育だ。 急速に知性を獲得していくチャーリィの前に立ちはだかるのも、愛情という名の人生の壁だ。 幸福は得てして凡庸である。 我々は、どれだけお金があっても、どれだけ知性があっても、それだけでは幸せになれないことを知っている。 どのような境遇であれ、大事なのは幸福を感じ取れる自分の心、その在り様なのだと知っている。 手に入れ続ける幸福が危うく脆いことを知っている。 失ってもなお残る安らぎこそが真の幸せであると知っている。 だが、人は失うことを良しとはしない。 月並みな言い回しになるが、『アルジャーノンに花束を』は「幸福とは何か」を痛切に教えてくれる。

引用元:Amazon.co.jp: hakuさんのプロフィール: レビュー ”幸福とは触れ合いの記憶より”

 もっと自由になるために

私は現代の多くの人が”感じる心”を忘れてしまったのではないかと思うことがある。

これはやはり日本の社会に蔓延する同調圧力や、溢れる情報に支配された日常が原因なんだと感じている。

常になにかしなければならないと心は大忙しで、静かに自分の心と向き合う時間がとれていないのではないか。あまりにも心に余裕がないんじゃないか。そう感じることが頻繁にある。

 

自由になること…

 

サッカーの本質を追求する旅はつづく…

 

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