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大人になってから学ぶサッカーの本質とは

日本にいながら外国人リーグでプレーする私の目から見るサッカーの本質とは… 元サッカー選手、元サッカーコーチ、中南米放浪サッカー経験者として好き勝手語らせて頂きやす

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サッカーは習い事にしたら終わりだ 〜大切なことはカタチにならないもの〜

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どうしても紹介したいサッカーの本質が詰まった2つの記事

私がどうしても紹介したい記事を2つご紹介したい。

まず一つ目は、原宿にあるフットボールカフェmfの有坂さんのブログからご紹介させて頂こう。

ドイツの名将トマス・シャーフの講習会に行かれた時のレポートなのですが、私にとってとても大切なことが描かれていました。

blog.canpan.info

大切なのはカタチにならないもの

どんな練習をやってるかというより、どんな人なのか。 結局、練習内容もコトバもその人自身から生まれてくる。 だからサッカーコーチだけでなく、ほかの仕事人だとしても、 「 どんな人なのか 」がいつだって、興味の中心

本当に目を向けるべきなのはメソッドとか方法とかノウハウなどの形の前にそれらを生みだした人であるべきなのであはないかと思っている。本当に大切なことはいつも形にならないものだ。その人が表現するコトバや話し方、人との接し方にその人の本質が見えて来るのだと思う。

サッカーというミスが多発するスポーツで、 実際にミスが起きたときに指導者や選手がどう反応するのか、 それは90分の試合結果に大きく反映すると思うんです。 練習がまったく思い通りにいかなくても、 話したことを選手が理解できなくてミスを連発しても、 シャーフはとにかく「 揺らがなかった 」。

 

それはたぶん、 「 ミスするなんてあり得ない 」じゃなく、 「 ミスすることは必ずある 」が前提だから。 彼の中ではそのミスすら想定内なんでしょうね。 ヒステリックに怒鳴っちゃう人は想定内じゃないんでしょうね。 で、選手の動きからダイナミックさとしなやかさが消えていっちゃう…。

サッカーはミスが前提のスポーツなんです。それなのにミスに過剰に反応する大人が子供の気持ちを壊している光景を何度も目にしてきた。私はなぜこういう記事を書き続けるのかというと、子供の心を大切にするという気持ちよりも、教育とはこういうものでミスはダメだという常識が勝ってしまう。思考停止してしまう社会の仕組みと大切なことに目を向けない大人に少しでも伝えたいという気持ちから生まれているのだと思う。

 

 

サッカーは習い事にしたら終わりだ

次に紹介する記事は、こちら。

【久保田コラム】園児は僕らの先生。サッカーを“習いに来る子”とサッカーを“しに来る子”の違いのはなし | FootballEDGE

私がはじめてサッカーコーチをすることになったクラブの代表であり、私のサッカー観を育ててくれた人でもある久保田氏はもう10年前から「サッカーを習い事にしちゃったら終わり。」ということを愚痴りまくっていた人である。

園児が見せるプレーや行動に、サッカーの本質が詰まっているのではないかと、本気でそう思っています。

 彼らは「練習に来てる」とは思っていなく、サッカーを「しに」来てる と思っています。だから幼稚園が終わって、園庭に降りてくれば、当たり前のように自分で準備も着替えもするし「ゲーム始めていい?」なんて僕にいちいち聞かずとも、自然にゲームを始める。 サッカーを習いに来ているのではなく「サッカーをしに来ている」ゆえの、自然な行動だと思うんです。 だからこそ、そんな彼らの自然な姿から見える純粋無垢なプレーに、僕はいつも大きな魅力を感じるんです。 そしてそのプレーの中に、僕ら大人(指導者)がすっかり忘れてしまったもの、どこかに置いてきてしまったもの、勘違いしてしまっているもの、そして何より「サッカーの本質を知る上での、重要なヒント」が隠されている。そんな気がしているんですよね。

サッカーは習い事にしたら終わりだ。最初は親に無理やり入れられる子もいる。そんなときにこそ”サッカーを遊ぶ”ことの楽しさや喜びを知ってもらえる絶好のチャンスじゃないか。サッカーはこういうルールであっちに行っちゃダメ。外から出たらダメ。なんて教えちゃうとサッカーの本質は伝わらない。

文中にもあるけれども、純粋無垢な自然な園児の姿にこそ学ぶべきことがある。

サッカークラブは常識やルールを教える場ではない。サッカーを”遊ぶこと”をサッカーを”楽しむこと”を伝える場であるべきだ

園児だって、任せればできるんです。言ってあげないと分からないだろうとか、やってあげないと、教えてあげないと…なんてお節介しすぎて、子どもの純粋な欲求や行動を邪魔しているのは大人です。

 園児だから色々とやってあげなきゃいけない。と思い込んでいてはいけない。私もスエルテというクラブで園児相手にひとりの人間として本気で向き合う久保田氏の姿には衝撃をうけたし、園児が自立していく姿をこの目で見てきた。そしてグアテマラという中南米の貧しい国へ行ったときに現地の子供達の姿をみて、やはり衝撃を受けた。5歳〜10歳くらいの子供達が靴磨きの仕事やバスの中でお菓子を売ってお金を稼ぐ姿をみてきた。

任せればできる。できないと決めつけているのはいつも大人だ。

 

 

紹介した2つの記事に私は共通のメッセージを見出した。

それは、常識だとかルールに捉われてはいけないということ。

 

・サッカーは”やり方”、”スタイル”、カタチよりも大事なことがある。まず表現する人がいてそこをベースにどういう表現をするかということなのだ。だからこそサッカーを”遊ぶ、楽しむ”というベースを養わなければならない。 常識に捉われてはいけない。

 

・サッカーはいつのまにか習い事になってしまっていてそれが当たり前だと思い込んでいる。そうじゃない。

 

keikun028.hatenadiary.jp

 

サッカーの本質を追求する旅はつづく…

 

 

 

 

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