大人になってから学ぶサッカーの本質とは

日本にいながら外国人リーグでプレーする私の目から見るサッカーの本質とは… 元サッカー選手、元サッカーコーチ、中南米放浪サッカー経験者として好き勝手語らせて頂きやす

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自分を納得させることができるのは自分しかいない 〜0-13 はじめて味わう屈辱〜

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サッカー人生ではじめて味わう圧倒的屈辱

0-13…
 
サッカーの試合で0-13という人生最大の失態を31歳にもなって経験した。私は信じられないほどの屈辱を味わい、試合中何度もキレそうになった。前半20分ほどで早くも4失点。ほとんどボールを触ることなく、守備に追われ、味方はことごとく一対一で抜き去られ、簡単に裏を取られスピードでぶち抜かれる。DFは相手のFWに対してプレスにいけず、簡単に前を向かせるがために相手の中盤に簡単に落とされ展開される。
 

気持ちが出せないと悔いが残る

ボランチに入った自分は常に後手にまわる守備を余儀なくされ体力だけが消耗し、失点を重ねる様をみているしかない。「相手をつかめ」といってもDFがFWに対してアプローチできずそこで潰せない限り、中盤の守備が非常に苦しい。
 
相手の速いサイドも止められない。ストップできるところがない。もう解決する術が見当たらない。たまにマイボールになったとしても多くの選手は相手のプレスに怖気づき、パスもトラップもミスが続く。攻撃どころかパスすら繋がらない。確かに相手は元プロ選手、海外でプレーした経験のある選手、プロを目指してる選手ばかり。それに比べ我々はプロ経験のある選手はいないし、年齢も高い。酒飲んでサッカー談義が趣味のやつらばかりだ。しかし、ピッチに立つ以上、負けたくない。レベルが違うなら、それなりに戦い方を変えることはできるしできることは多々あったはずだ。

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コラソンを魅せるということ

一番の問題は気持ちを表現する選手が少なかったことだ。自分より強い相手に全力でぶつかることを放棄した仲間に失望したし、それによってモチベーションを落としてしまった。
チームの一人のメキシコ人は言った。「コラソンがみたい」上手いとか下手とかはどうでも良い。負けたくない強い気持ちがみたいと。私はこのチームの好きなところはそこだった。上手いとか下手とかよりも”気持ちを表現する心”が大事だと。日本の社会人チームでは味わうことがなかなかできない、その気持ちで戦うところが好きだった。
しかし、今のチームにはコラソンが圧倒的に足りていない。コラソンをみたいというのであれば自分自身がみせなくてはならない。コラソンを出す為の準備もしていない。トレーニングもしていない。圧倒的な力の差に食らいつくことすらできない人間が他の選手のコラソンがみたいなどとほざくことは許されない。残念ながらそんなことをいう仲間に失望しているけれど、そんな言葉に苛立つ自分の小ささにも腹が立っている。
 

屈辱的な敗戦から学んだこと

この負けから数週間… 私は負けた原因や、戦えなかった原因を自分以外に探していた。そしてわかったことがある。チームとして納得する戦いをするためには選手一人一人の気持ちが大事になる。どれだけ悔しい思いを力に変えるか。悔しさをバネにどれだけトレーニングをするか。それしかない。自分以外に問題を探してたところで、自分自身を納得させることはできないじゃないか。100%を自分は出すことができたのだろうか。私自身が全ての局面で相手に勝つことができていれば1点くらいは返せたかもしれない。絶望する前にできることはあるじゃないか。

自分を納得させることができるのは自分しかいない。

悔いが残っているからこそ、ここまで苦しいんじゃないか。悔いが残ってるということは自分の納得のいくプレーができていないということなんだと思った。

 

今、チームは絶望の淵にいる。我々がやるべきことはひとつ。

一人一人が100%を出すことだ。ピッチの中でも外でも。

 

サッカーの本質を追求する旅はつづく…

 

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