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大人になってから学ぶサッカーの本質とは

日本にいながら外国人リーグでプレーする私の目から見るサッカーの本質とは… 元サッカー選手、元サッカーコーチ、中南米放浪サッカー経験者として好き勝手語らせて頂きやす

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サッカーの根源的な楽しみを思い出す時

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本当に大切なもの

現代に生きる人というのは実に膨大な情報をかきわけて生きている。

何が正しくて、何が間違っているのか、よくわからない。情報を探して選ぶことだけで疲れてしまう。そんな時代に生きていると、便利さと引き換えに”なにか大切なもの”が失われているように感じる。大切なものとはなんだろうか…

 

いまや一瞬にして海外メディアの発信する情報も日本語に翻訳される。スペインの旬なサッカー情報やドイツの育成現場のレポートなど情報としてとても有意義なモノに簡単に触れることができる時代になった。とても素晴らしい時代だと思う反面、情報が多すぎて大切なことが埋もれてしまっているとも思う。本当に素晴らしい情報や、本当に自分にとって必要な情報は100ある情報のうちほんの1つくらいしかない。

 

外からの情報より自分の内なる情報にアクセスすることが大切

こんな時代だからこそ、外からの情報よりも自分の心の声をしっかり聞かなきゃいけない。自分はどうしたいのか。どうなりたいのか。毎日なにを感じているのか。外側からの情報が多すぎることによって自分の感性に鈍感になる。自分らしさが出せない人間になる。これは絶対に避けなきゃいけない。会社に染まってはいけない。どこにも捉われない自分がいることによって私は保たれている。

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自分には何かが欠けていると思わされている

もっとあーした方が良い、こうした方がうまくいく!などという情報が溢れているせいで多くの人は”自分にはなにかが足りていない”と常日頃思わされている。サッカーでもそう。お前はドリブルが下手だから練習しなきゃダメだ。なんて言うのではなく。お前はキックめちゃ下手だけどドリブルはメチャ良い。ドリブルだけメチャメチャ上手くなれば良い。それくらい偏って良いんです。弱いところを強くするよりも強いところを誰にも負けないくらい強くすることの方が圧倒的に楽しい。

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サッカーの根源的な楽しみを思い出す時

サッカーはいつも私たちにこう問いかける。

あなたはどう表現したいのか? 一人の人間がピッチに立つ時、信じられるのは自分しかいない。誰かの期待に応える為にプレーするというのは嘘だ。例外なくみんな自分の為にプレーしている。自分の期待に応えられた時、はじめて多くの人の共感を得ることができる。子どもの頃、サッカーは自分の喜びの為にやるのであって誰かの為にプレーする子供なんていない。誰かの期待にに応える為にプレーするという表現はカッコよく見えるけど嘘だ。根源的にサッカーは楽しむことであり、喜びを生み出すものだ。

 

サッカーの本質を追求する旅はつづく…