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大人になってから学ぶサッカーの本質とは

日本にいながら外国人リーグでプレーする私の目から見るサッカーの本質とは… 元サッカー選手、元サッカーコーチ、中南米放浪サッカー経験者として好き勝手語らせて頂きやす

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”柔らかさ”と”鋭さ”、”静”から”動” メッシのサイドチェンジは神だった

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チャンピオンズリーグを勝ち取ったのは大方の予想どうりバルセロナだった。決して美しいゲーム内容だったとは思わないが、非常に興味深い試合だったことは間違いない。

 


Barcelona vs Juventus 3-1 2015 - Highlights - YouTube

バルセロナの美しいフットボールはルイスエンリケのエッセンスによって姿形を変え、柔らかさより鋭さにポイントがシフトした。

シャビとイニエスタ共存させなかったことが意味すること

後半、シャビがいよいよ交代の準備をしているとき私はてっきり中盤にイニエスタ、シャビ、ブスケツを並べて試合をコントロールするのだろうと思っていた。ところが交代するのはイニエスタだった。正直、期待を裏切られて残念な気持ちだったのだが冷静になって考えてみると、これからのバルサのサッカーの在り方が変わることを意味するものなのだと思った。いや、既に変化を遂げた結果、今がある。これは”柔らかさ”よりも”鋭さ”にポイントがシフトしていることを意味している。

カテナチオを破壊するサイドチェンジ

この試合の序盤、メッシにボールが渡ると”静”の状態から切れ味鋭いサイドチェンジがユベントスの脅威となった。1点目はメッシの”それ”からだった。メッシがボールを持つだけでどれだけの目が彼に集中することか… そして彼が繰り出すサイドチェンジのクオリティは世界最強のDFをも簡単に崩壊させた。そしてボールを持つ彼は紛れもなく試合を支配する王だった。ロナウドと比較されることがあるが、ゴールもアシストもできてゲームも作れる彼に匹敵する選手などこの世にはいないと感じる。比べるのはゴールの数だけにしないとロナウドが可哀想だ。なによりタイプが違う。比べる必要はない。

 

歩きながらプレーをする意味はスキマ作り

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バルサユベントスを陥れたキーワードは”止まる”ことにあった。バルサはボールを持ったときに歩きながらプレーした。とりわけメッシやネイマールイニエスタはあえて”止まる”ことによってユベントスを苦しめた。ボールは止まっているのに取りに行けない。その間にボールを受けたい人とディフェンスの駆け引きにおいてボールも人からも目を離せないDFは劣勢になる。その結果、じわじわと隙間を作られる。その隙間は一般的には隙間に値しないが彼らにとっては絶好の隙間であり鋭く切り裂いてくる。ボールポゼッションをある程度放棄するということの狙いはギャップ作りに他ならない。彼らには世界最強の3人が前にいるからだ。彼らに時間を与えたら勝ちなのである。

メッシやネイマールがまたサッカーの在り方を変える

”止まれる”選手というのは”ギャップ”が作れる選手である。一瞬で相手を切り裂くスピード、隙を与えると出る決定的なパスやシュート。圧倒的な武器があるからDFは奪いにいけない。こういう選手があえて”止まれる”環境がチームにできると圧倒的な脅威になる。メッシとネイマールは持っているボールを”止める”ことによりギャップを作った。スアレスはボールのないところで”静”から”動”のアクションでギャップを作った。これからバルサの覇権が続くとすればこの”柔らかさ”と”鋭さ”、”静”から”動”というのはトレンドになりそうだ。

 

ユベントスは本当に良いチームだった。彼らが勝ってもまた美しかった。

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サッカーの本質を追求する旅はつづく…