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大人になってから学ぶサッカーの本質とは

日本にいながら外国人リーグでプレーする私の目から見るサッカーの本質とは… 元サッカー選手、元サッカーコーチ、中南米放浪サッカー経験者として好き勝手語らせて頂きやす

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選手と感動をともにするということ

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サッカーは戦いである

これまでサッカーに必要な要素などを書いてきたけれども、それらは全て”勝者のメンタリティ”という土台なしには全く役に立たない。サッカーは相手を打ち負かすことが第一の目的だ。戦えない選手はいらない。ピッチでカッコイイ自分を演出することが目的だったり、頑張らないことがカッコイイという感覚の選手に未来はない。

ありのままの自分を全部出し切ることではじめて認められる

いま私は南米出身者が多く所属するチームでサッカーをしているが、上手いとか下手とかよりも”戦えるか否か”という部分がまず重要視される。当たり前のことだが、戦えないと”仲間”として認めてもらえない。サッカー選手は戦士であり家族である。そんな気持ちにさせてくれる。

 

熱い気持ちを伝えることが一番難しい

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数年前、サッカーのコーチをしていた時に相手コーチに怒られたことがある。

実力差のある相手にボコボコに点を取られて、子供達が完全に戦うことをやめた瞬間があった。ハーフタイムに人生で初めて子供達に怒鳴り散らした。子供達に「悔しくないのか!全部出し切っての結果がこれなのか?自分たちより上手い相手の方が走ってるし戦ってるじゃないか!」っと

数人の子供には手で押し飛ばして気持ちを刺激した。みんな号泣しながらピッチに走って行った。

 

コーチと選手だけの世界

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その時、どこかのチームのコーチから言われた言葉は「選手よりコーチが熱くなってどうするんですか!」という声だった。しばらく横で説教された記憶があるが無視した。サッカーの本質を伝える大事な役目が自分にはあったからだ。なにより俺と子供達だけの大事な試合だった。なにかが間違っていようが誰にも邪魔されたくない気持ちでいっぱいだった。もちろん、いまになっても当時のことは後悔していない。その試合の後半、見違える姿を子供達はみせてくれたし、それからの彼らは見違えるように成長した。

僕たち大人も子供もあるがままの自分を示すということ

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サッカーで大事なのは自分の気持ちを解放することに他ならない。選手も、もちろんコーチもチームに関わるみんなで戦わなければならない!

チームを作ることは選手とコーチの関係がなにより大切であり、その他が介入する余地はない。その分、サッカーの指導者は自分を解放する術を持っていないといけないと思う。

誰がなんと言おうと俺はこうであるということを示さねばならい。一人の人間としてあるがままの自分すべてを解放できるのが真の指導者でなければいけないと思うし自分もそうありたいと思う。これは指導者としてよりも一人の人間としての気持ちでもある。自分のすべてをさらけ出してはじめて選手とともに感動を共有できるんだと思う。

 

サッカーの本質を追求する旅は続く